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2009.07.11

四万六千日

四万六千日というと先ずはなんと言っても浅草寺の鬼灯市が思い出される。もっともボクはまだ行ったことがないのだが……。

いつからか都電なき町鬼灯市 山越渚

例によってハンディ歳時記から。かつて東京の公共交通の主役であった都電が相次いで廃止されたのは1960年代。荒川線を除く最後の6路線が姿を消した年でさえ1972年。ボクは10歳だった。それでも何となく都電という言葉の響きには郷愁を誘われるところがある。その都電を、こちらも懐かしさを掻きたてる鬼灯と取り合わせたところに妙味を感じる。
鬼灯や子の眼のがれし二た袋 阿部みどり女
宿の娘の鬼灯一つ見せに来る 神山杏雨

ハンディ歳時記から更に2句。鬼灯が子ども達のおもちゃだった時代もあった。ボクも母から鬼灯の鳴らし方を教わったが少しも鳴らすことができなかったのを憶えている。きっと今の子ども達はそんな遊びは知らないのだろうなぁ。

もう一つ四万六千日で思い出すのは落語の『船徳』だ。遊興が過ぎて勘当を食らった若旦那の徳兵衛が馴染みの船宿に居候の挙句、船頭の真似ごとを始める。四万六千日の参拝客を乗せ大川(現・隅田川)に漕ぎ出すが……。川風の涼しさを想像しながら珍騒動に耳を傾ければ幾分かは暑さも忘れられるかもしれない。

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