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2009.08.20

秋蝉鳴く(1)

敗戦忌といえば高浜虚子はこんな句を残している。

秋蝉も泣き蓑虫も泣くのみか 高浜虚子

『日本の詩歌』第3巻(中公文庫、1975)から。前にも紹介したことがあるが、朝日新聞の求めに応じて敗戦の感慨を詠んだものの1つ。他には「敵といふもの今は無し秋の月」、「黎明を思ひ軒端の秋簾見る」の2句がある。清水哲男の鑑賞によると「蓑虫」とは「物言わぬ一庶民としての自分の比喩」とのこと。虚子は「みずからの心に怒濤のように迫り来た驚愕と困惑と悲しみとを、まさかの敗戦など露ほども疑わなかった多くの人々と共有したかった」(『新・増殖する俳句歳時記』)というのだ。
油蝉死せり夕日へ両手つき 岡本眸

こちらは『新・増殖する俳句歳時記』から。8月も立秋を過ぎると蝉時雨の様相が変わる。アブラゼミのじっとりとした声が次第に減り、ミンミンゼミやツクツクボウシのけたたましい声が増えてくる。それとともにアブラゼミの死骸が目に付くようになる。なるほどその姿は両手を地面について何かを拝しているように見えなくもない。岡本の見た死蝉は西方浄土の阿弥陀仏の来迎を祈っていたのだろうか。
椎間板牽かれし門に蝉骸 ならぢゅん

最後に10年ほど前の愚作を。当時ボクは夏の終わりに腰を痛め病院通いをしていた。そのこともあって自分が中年期に入ったことを強く感じていた。夏の終わりは青年期の終焉に相応しい季節だ。

8月も下旬を迎え夕方にはヒグラシの独特な鳴き声も聞かれるようになった。なんとなく切ない声だ。

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