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2009.09.23

庭と生きてゆく(2)

早いものでシルバーウィークも今日で終わり。宮沢湖で温泉につかったり妻の実家で敬老の日の御祝いをしたり、あとは別にこれと言って特別なこともないまま5日間が過ぎた。

最終日の今日は庭仕事。先ずは妻と二人、自転車で東村山のケーヨーD2に行き、プランターや球根、用土などを購入。戻ったら庭仕事に専念できるよう、途中のスーパーで買い物も済ませた。家に帰ると調理パンや即席スープなどで簡単に腹ごしらえ。食休みもそこそこに早速、庭へ出た。

最初に手をつけたのは花壇。この夏はアサガオを背景にレモンイエローのキンギョソウと淡いピンクのニチニチソウを合わせてみたが、さすがにキンギョソウは草臥れてきたのでスプレー菊のセザンヌと植替えた。初冬まではこの組み合わせで過ごし、後はパンジーかビオラでも植えようと思う。

次は球根の植え付け。春の庭を楽しむには絶対に欠かせない作業だ。長年、芝生の脇に一列に咲かせてきたスイセンを今夏は久しぶりに堀り上げたので、木の樽型プランターに植えてみることにした。同じプランターをもう一つ用意し、こちらには混色のチューリップを植えて並べて置く予定だ。

チューリップ喜びだけを持つてゐる 細見綾子

『新・増殖する俳句歳時記』から。選者の清水哲男は「季語「チューリップ」に名句なし」と手厳しい。「日本人好みの微妙な陰影が感じられない花だからだ」そうだ。ところが掲句はそこを「逆手に取って」みせる。「花そのものに陰影がないからこそ、花と作者との間に陰影が生まれた」と言うのだ。

この句から細見の心の「鬱屈」を読み取るのはなかなか難しい。しかし確かにチューリップには春のなんとなく物憂く気だるい感じを吹き飛ばす勢いのようなものが感じられる。ただ真っ直ぐに背筋を伸ばして春到来の喜びを喜び切る、そんな若々しい力に満ちた佇まいが魅力的な花だ。

チューリップを始めとする春の花々と出会うには厳しい冬を乗り越えなければならない。更にその前に球根を植え種を播かなければならない。今こそ、その時である。

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