« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009.12.17

毛糸のある風景

久しぶりに清水哲男『新・増殖する俳句歳時記』から。

毛糸編む母の周りに集まりぬ 後閑達雄

今年は秋になっても冬になっても毛糸を編む女性の姿を一向に見かけない。今どき手編みは流行らないのだろうか。勉強や仕事はおろか遊びにすら追い立てられるような昨今のご時勢、そんな牧歌的な風景を期待するほうが無理ということか。とはいえ余りにせわしなく余裕のない母であっては子ども達も寄り付かないだろう。
こぎつねは手袋を買ひに子は膝に 山根今日子

『NHK俳壇』(2009/12/6)から。選者は西村和子。子どもを膝に抱いて新美南吉の童話「手袋を買いに」を読み聞かせているところであろう。物語の世界と現実の風景が一つに溶けあって母の情愛がほのぼのと伝わってくる。同じ日の選句、小塚雨水の「手袋の中ににぎらすおつりかな」もしみじみと良い。ここに詠まれた子どもの手袋も毛糸それも手編みであって欲しい。フリースでは少々情緒に欠けるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

正岡子規『病牀六尺』を読む(2)

正岡子規『病牀六尺』から。

病気の境涯に処しては、病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の面白味もない。

似たようなことを言う人は多いが、あれだけの病苦に耐えつつ病床随筆4篇を始め多数の作品を残した子規の言葉だと思うと感銘もひとしおである。とは言え子規とても常に悟りすました面持ちでばかりいたわけではない。
余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。

人間の苦痛はよほど極度にまで想像せられるが、しかしそんなに極度にまで想像したやうな苦痛が自分のこの身の上に来るとはちよつと想像せられぬ事である。


そんなときも子規はユーモアを忘れない。自分自身を冷静に観察し諧謔や洒落を交えて読者に提示する。写生を重んじつつも月並調に堕すことのない子規の俳の精神が感じられる。
窮して而して始めて一条の活路を得、始めより窮せざるものかへつて死地に陥りやすし。

元来、情熱的な、活動的な男であった子規が闘病生活に窮した末に得た「一条の活路」――病床随筆4篇は子規にとってそういったものだったのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.12.16

正岡子規『病牀六尺』を読む

今まさに子規『病牀六尺』を読み終えたところ。「芳菲山人より来書」に始まる93文字をもって子規は病床随筆4篇を締めくくった。9月17日、死の僅か2日前のことである。

もっとも子規は126回に及んだ『病牀六尺』の連載を、この一文で終わりにするつもりなど少しもなかっただろう。明日もまた『病牀六尺』を書く、それが今の自分にとっての生きることだと、そう考えていたに違いない。いや或いは逆に毎回が締めくくりだったのか。もう自分には明日という日はないと覚悟しつつ書いていたのか。

俳病の夢みるならんほとゝぎす拷問などに誰がかけたか

晩年と言うには余りに若すぎる30代の子規を襲った結核(肺病)。その病の床に伏してなお俳の理念を追い続けた子規。『病牀六尺』の最後の一行は、子規の病苦を描いた芳菲山人の狂歌にあてられた。子規はこの歌をどんな思いで書き写したのであろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »