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2010.01.31

ネコ好きニャァたまらんニャア

今朝の読売新聞、長谷川櫂のコラム「四季」から

わたしの猫トムは今日も外歩きペットなんかやつてらんねえと滅多に居らず 河野裕子

なんと自由奔放なネコだろう。しかし、それこそがネコのネコたるゆえんと言うか、ネコ好きにはたまらないところである。まして、これだけ自在な詠みぶりをみせる河野の飼い猫とあらば、その自由な足運びに意図せぬ愛嬌も溢れていよう。ネコ本来の魅力を思い起こさせるような一首である。

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2010.01.27

手足出さうな日和だが……

『新・増殖する俳句歳時記』から。

雪だるま手足出さうな日和なり 大沼遊魚

雪だるまも背伸びをしたくなるほどの晴天ということか。自在な発想に思わず頬が緩む。雪というと思い出すのは所沢に越してきた翌年1月の大雪。まだ6歳だった息子と庭で雪だるまやかまくらを作ったり、航空公園の坂をソリで滑ったり雪遊びを楽しんだものだ。その時に使ったプラスチック製の子供用ソリが物置の奥にしまってある。次に活躍するのはいつのことになるだろうか。


ボクの勤め先は目下、来年度の予算策定の真っ只中。窓の外は暖かそうな日和だが本社からの厳しい削減要請に手も足も出ない。とほほ……。

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2010.01.25

焚き火はひとりで……

子供の頃から焚き火の類いが好きだった。例えば団地の焼却炉や建売住宅の工事現場で大人たちがゴミなどを燃やすのを何時間も飽きずに見ていたものだ。見るだけでは飽き足らずちょっかいを出して怒られもした。

落葉焚き偏屈ひとり手を炙り 矮猫

7年ほど前の拙作。当時はようやく手に入れた自宅の庭で年に一、二度、落葉焚きをしたものだ。もっとも余りに煙がひどく近所迷惑にもなりかねないので近ごろはやっていない。
年老いて火を焚いてをるひとりかな 橋上暁

今朝の『新・増殖する俳句歳時記』から。拙作もそうだが焚き火にはどうも「ひとり」が似合うようだ。炎の踊る様子が人を内省的にさせるのだろうか。例えばこんな句もあった。共に昨年11月放映の『NHK俳句』から。
それぞれの背にそれぞれの焚火かな 濱野正美
落葉焚一人にしてはもらえぬか 中村幸正

濱野作品は焚き火を象徴的に扱って奥深い感じを醸しだしている。中村作品は叩きつけるような断言調と読むか小声のボヤキと読むか迷うところ。ボクとしては、焚き火を口実にそっと人の輪からエスケープしてゆくさまを詠んだものと、受けとめたい。
燃やすもの無くなつて来し焚火かな 森加名恵

再び『新・増殖する俳句歳時記』から。せっかく「ひとり」になれたのに燃やすものが尽きてしまっては焚き火もおしまい。名残惜しいが、しっかり火を消して部屋に戻る他あるまい。

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2010.01.22

冬の動物園

昨日の『新・増殖する俳句歳時記』から。

着ぶくれて動物園へ泣きに行く 西澤みず季

着ぶくれは身体だけではなく心もか。平日の動物園、真冬であればまして人影まばらで、存外、静かに涙するのに相応しい場所なのかもしれない。心を覆うものを涙と共に流し去れば獣たちのような裸の心に戻れるだろうか。



涙もかれてすっきりしたら風邪をひかぬうちに暖かい場所へ帰りたい。ボクならおでんと熱燗も欠かせないところだ。

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2010.01.21

ポケットから一句

いつもシャツのポケットに入れているメモ帳を見てみたら抜き書きしたまま忘れていた一句があった。メモによると酒井大岳『あったかい仏教―道元禅師の修証義にきく』(大法輪閣、2004)から書き写したようだ。

大木の芽ぶかんとするしずかなり 長谷川素逝

葉も花も実も全て落としつくした樹木は春に備えて小さな芽をつけ厳しい冬のあいだ硬い殻でしっかり守ってきた。そして最後の力を振り絞るように殻を破り芽吹く、早春の静けさの中で。「静」から「動」へと変化する瞬間を切り取った一句。そこには生命というもの(こと?)の在りようが示されている。



今日は春を思わせるような暖かさ。狂った陽気に誘われて、うっかり者の枝が吹かせた芽が後で寒風に痛めつけられるようなことがなければよいが……。

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2010.01.20

裏紙はやっぱり使う!

村井哲之『コピー用紙の裏は使うな!』(朝日新聞社、2007)を読んだ。逆説的な書名に興味をそそられ手に取ってみたがコスト削減の入門書としては大いに参考になる一冊だ。殊にコスト削減を通じて現場を活性化し経営との距離を近づけるといった前向きな姿勢に好感が持てた。

著者はコスト削減に留まらず「もったいない」精神を生かしたエコ経営へと幅を広げてきたそうだ。「コピー用紙の裏は使うな」との言葉も、過度に裏紙使用を推進したために却って余計な手間や費用が発生した事例を誤ったコスト削減の象徴として取り上げたもので、そんな誤りを冒さぬように裏紙も使おう、というのが著者の本旨であろう。裏紙はやっぱり使う、上手に使うのだ。

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2010.01.18

馬鹿は死んでも……

1ヶ月ぶりに清水哲男『新・増殖する俳句歳時記』から。

木葉髪馬鹿は死ななきや直らねえ 金子兜太

「木葉髪」は冬の季語、抜け毛を落葉に喩えたものだ。齢をくって頭も薄くなったが俺は死ぬまで俳句一筋――そんな心意気を浪曲『石松金比羅代参』の名セリフを借りて詠んだ一句。叩きつけるような勢いが小気味良い。雑誌『俳句界』2009年1月号に掲載されたそうで新年を意識した俳句バカ宣言のように思われる。

べらぼうめぇ、こちとらバカも筋金入り、死んでも直るもんか――と啖呵の一つも切ってみたいが、ボクの場合はバカの上に何もつかない単なるバカで、どうにも格好がつかない。

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2010.01.17

復興と忘却のはざまで

NHK総合テレビ『よみがえる震災の記憶』を見る。阪神・淡路大震災から15年、神戸の街は復興を成し遂げ震災を知らない若者が増えている。だからこそ、あの日のことを思い出し、伝えなければならない。「復興とは、震災を忘れることではない」のだ――そんな作り手の使命感を感じさせる番組だった。自分の家族を含む被災者を撮ることに抵抗を感じつつも被災者自身が記録した映像の数々、30分と短いながら見ごたえがあった。見ていることがつらくなるほどに。


「変えないこと、こだわり続けること」に今年からは「忘れないこと」もつけ加えようと思う。

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2010.01.16

護国寺のネコたち

そんなこと一目で分かると言われそうだが、このブログのプロフィールに貼ってあるネコの写真、実は我が家で撮影したものではない。どこかと言うと音羽の護国寺である。2、3年前のことであったか、骨董市を見がてら初めて参詣した折、余りに油断しきった姿で昼寝をしているネコをみつけデジカメに収めたのだ。あのネコにまた会いたい。ふと、そんな気がして妻と出かけた。

地下鉄有楽町線護国寺駅下車。1番出口を出て振返ると朱塗りの仁王門が見える。そこから石段を登り中門(不老門)をくぐって境内へ向かう。阿弥陀如来であろうか、本堂に向かって右手に大きな坐像がある。あのネコは確か阿弥陀さまの足元に寝ころがっていたのだが今日はあいにく見当たらない。後でもう一度さがすことにして先ずは本堂に向かった。

しかし、ついていない時はついていないもので昼休みのため本堂も戸が立っている。それではこちらも昼食にしようかと思ったが未ださほど腹も減っていないので、しばらく寺内を巡ってみることにした。まずは本堂の裏手に向かい薬師堂を参拝。墓地の入り口で引き返して月光殿、多宝塔を拝す。いったん本堂の前に戻るが開扉の気配はなく大師堂に向かった。その途中、例のネコが例の如く昼寝をしているところに出くわした。

2、3年ぶりの再会である。ネコとはいえ少しは感動するかと思ったが余りにも油断しきった様子にこちらも気抜けしてしまった。確かに感動の再会みたいな話はイヌならともかくネコには似合いそうもない。そこがネコのネコたるゆえんというか、そう思わせるような風情もネコ好きにはたまらない魅力である。しばし立ち止まりネコの寝姿を堪能したボクらは再び太師堂に向かった。

この日は他にも何匹ものネコと出会った。薬師堂付近の植込みには親子と思われる2匹組み。太師堂への通路には例のネコの他にも3メートルおき位に寝ているネコがいた。なかでも太師堂の入り口に長々と寝そべっていたネコは、泰然自若というべきか、大物の気配を漂わせ、オレは御太師様の堂守だとでも言いたげな様子だった。

本堂に戻り前立て本尊の如意輪観音に手を合わす。なんとなく気持ちがほぐれ心が安らぐ感じがする。ネコたちもそんな心持ちで昼寝をしているのだろうか。護国寺は護ネコ寺でもあるようだ。

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2010.01.02

映画『牛の鈴音』を観る

変えないこと、こだわり続けることについて考える――そんな年の初めに相応しい映画を観た。『牛の鈴音』(韓、2008)だ。ある老夫婦と牛との暮らしを3年にわたって追い続けた本作は韓国でドキュメンタリー映画としては空前の大ヒットを記録したそうだ。

その夫婦は寿命15年と言われる牛と30年も暮らしてきた。ただただ大切に飼育してきたというのではない。荷車を引かせ山あいの田畑を耕し共に働いてきたのだ。その間に近代化が進み山村の農家も多くは機械を導入。農耕牛は次第にその姿を消していった。山村から消えたのは牛だけではない。夫婦が育て上げた9人の子どもたちも既に山を下り街に暮らしている。

機械を使えばもっと楽ができるのにと妻に文句を言われながらも男は牛と働くことをやめない。女もまた散々夫に毒づきながらも夫と牛との暮らしを捨てることはない。老夫婦の「変えないこと、こだわり続けること」と、そして、そんな二人の姿を根気強く誠実に描き出そうとしたイ・チュンニョル監督の「変えないこと、こだわり続けること」とから生まれた奇跡のような映画だ。



韓国映画を観た後はやっぱりマッコリだよなぁ――昭和の雰囲気を色濃く残すガード下の映画館シネパトスを出たボクは、妻と息子と共に変わりゆく銀座を後にした。大久保のコリアタウンを目指して。2010年元旦の夜のことだ。

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2010.01.01

年の初めに思うこと

年の初めに必ず思い出す句がある。

去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子

句集『六百五十句』所収。虚子76歳の時の作品だ。明治から大正、昭和へと近代化の道を突き進んだ時代にあって、伝統的な有季定型句にこだわり花鳥諷詠と客観写生を貫いた虚子の信念が感じられる。

この句と出会ってからボクは「何か新しいことを」ではなく「いつまでもこだわり続けることを」考えるのが年の初めの習慣となっている。虚子の「棒の如きもの」に尻を叩かれるようにして……。

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