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2010.01.25

焚き火はひとりで……

子供の頃から焚き火の類いが好きだった。例えば団地の焼却炉や建売住宅の工事現場で大人たちがゴミなどを燃やすのを何時間も飽きずに見ていたものだ。見るだけでは飽き足らずちょっかいを出して怒られもした。

落葉焚き偏屈ひとり手を炙り 矮猫

7年ほど前の拙作。当時はようやく手に入れた自宅の庭で年に一、二度、落葉焚きをしたものだ。もっとも余りに煙がひどく近所迷惑にもなりかねないので近ごろはやっていない。
年老いて火を焚いてをるひとりかな 橋上暁

今朝の『新・増殖する俳句歳時記』から。拙作もそうだが焚き火にはどうも「ひとり」が似合うようだ。炎の踊る様子が人を内省的にさせるのだろうか。例えばこんな句もあった。共に昨年11月放映の『NHK俳句』から。
それぞれの背にそれぞれの焚火かな 濱野正美
落葉焚一人にしてはもらえぬか 中村幸正

濱野作品は焚き火を象徴的に扱って奥深い感じを醸しだしている。中村作品は叩きつけるような断言調と読むか小声のボヤキと読むか迷うところ。ボクとしては、焚き火を口実にそっと人の輪からエスケープしてゆくさまを詠んだものと、受けとめたい。
燃やすもの無くなつて来し焚火かな 森加名恵

再び『新・増殖する俳句歳時記』から。せっかく「ひとり」になれたのに燃やすものが尽きてしまっては焚き火もおしまい。名残惜しいが、しっかり火を消して部屋に戻る他あるまい。

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