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2010.03.30

ふらここを揺らして(1)

一昨日のNHK俳句から。

ふらここを揺らして乗らぬふたりかな 三玉一郎

「ふらここ」はブランコの古称。春の季語。この「ふたり」、どのような年代で、どのような関係にあるのだろうか。初恋の恥じらい、思い出を語り合う老夫婦、中年の道ならぬ男女などなど、様々に想像を膨らますことができる。また、それに合わせてブランコを配した景色も暖かな昼下がりの校庭に見えたり、花冷えのする都会の夜の公園が浮かんだりする。中五の「揺らして乗らぬ」が効いているのだろう。こういう句に接すると敢えて言葉少なに語る俳句という文芸の本質が感じられる。

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2010.03.29

逢えない人を想いつつ

雑誌『大法輪』2月号(大法輪閣)・俳句コーナーから。

赤トンボいつしか増えし逢えぬ人 大津美智子

昨日は義母の三回忌。真冬に逆戻りしたかのような寒さのなか逢えない人への想いを暖めあった。法事の後の宴会は殊更に和気藹々と胸の奥の寂しさを払拭するようでもあった。思えばいま逢える人と明日も逢えるとは限らない。共に過ごせるひと時ひと時を大切にしなければと思う。

ところで『大法輪』2月号の特集は「釈尊最後の説法」。涅槃経や遺教経に釈尊の最後の教えを学び、世界各地の涅槃図や涅槃像に親しむことのできる一冊だ。安田暎胤の追悼文「追悼・平山郁夫画伯―出会いに感謝し、別れを悼む」も胸を打つものがあり印象深い。

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2010.03.27

武蔵野観音めぐり・その1

今日は武蔵野観音めぐりの打ち始め。ガイド本を片手に先ずは第一番札所の東高野山・長命寺へ向かった。練馬高野台駅から歩いて5分あまり。四天王に守られた山門(南大門)をくぐると十三仏の石像が居並ぶ。広い境内には他にも弘法大師や阿弥陀仏、地蔵菩薩の尊像、三界萬霊供養塔、木遣塚碑などがある。正面の本堂を拝し観音堂に向かう。ご本尊の十一面観音の手指と繋がれた回向柱と五色の布とに触れ縁を結ばせて頂く。観音堂に続いて、地蔵堂、御影堂を巡る。更にその先には多数の石仏、石塔が林立している。高野山を模した奥之院だ。石仏や供養塔を見ていると仏にすがった古人の想いが偲ばれ切ない気持ちになる。いにしえから今に至るまで人は家族を想い、恋人や友人を想い、仏に手を合わせてきた。その何かいじらしいような想いが静かに胸に染み入ってくるのだ。今日は更に石神井まで足を伸ばし、総欅造りの三重塔にスリランカより伝来の仏舎利を奉安する豊嶋山・道場寺(二番札所)と10メートルもの平和大観音が聳える亀頂山・三寳寺(三番札所)を参拝した。

帰りは石神井公園に立ち寄り三宝寺池の周りを一周。三分咲き程のサクラを始め春の訪れを告げる花々を楽しんだ。

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2010.03.26

武蔵野観音めぐり・その0

ちょうど二年前の春、秩父の札所の総開帳があった。観音めぐりをしてみたいという気持ちはあったものの何となく踏み切れぬまま機を逸してしまった。その翌年の春、満開の桜の下で義母が亡くなり、今年は一周忌を迎える。だからというわけでもないが今度こそ観音さまを巡ってみようと決めた。創建70周年を記念して総開帳が行なわれる武蔵野三十三観音霊場を妻とふたり巡詣することにしたのだ。義母の菩提を弔うと言えば大げさに過ぎるが、義母を始め逢えなくなった人々を偲びつつ、目前に迫った五十代からの生き方を模索してみたいと思う。

手始めに明日は先ず第一番から第三番までの札所、長命寺道場寺三寳寺を参詣の予定である。

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2010.03.22

春塵に立つ(2)

高校生といえば昨日は「センバツ」の開会式。夜のニュースで見ただけだが黄砂が猛威をふるい行進する選手たちの姿も霞むようだった。

昨日のNHK俳句から。

黄砂降る二十歳に満たぬ戦死とは 安藤美智代
黄砂ふるまだ充分に戦後なり 瀬古篤子
匍匐せし大地の匂ひ黄砂ふる 今川善司

この日の句題は「霾(つちふる)」。特選、入選あわせて戦争句が三句えらばれた。ボクはこれまで黄砂に日中戦争の傷跡を重ね合わせてみたことはなかったが、これからは黄砂に見舞われる度に戦争の悲惨を思うことになるだろう。

ところで昨日から今日にかけて猛威をふるったのは黄砂ばかりではない。激しい風雨に交通機関の運休や建物の損壊ばかりか人身に及ぶ被害すらあったそうだ。それに比べれば大したことではないがボクも出走を予定していた荒川市民マラソンが中止になってしまった。先月の東京マラソンで果たせなかったサブ4.5の夢は来シーズンに持ち越しである。

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2010.03.21

春塵に立つ(1)

久しぶりに『ハンディ版・入門歳時記』から。

春塵に残されて立つ夢を捨て 山上樹実雄

春風に土埃の舞うこの時期は若者たちが旅立つ季節でもある。しかし夢を追って都会に向かう者ばかりが若者ではない。諸々の事情に夢を諦め故郷に留まる者も少なくないのだ。この句にはそんな若者の無念と一縷の矜持が感じられる。

ところで昨日は息子の卒業式。制服すらない自由な校風の男子高で殆どがスーツ姿。それも流行りのブラック・細身・短丈が多く、なんだか高校生というよりホストの集団みたいだった。それでも式が始まるとそれなりに引き締まった雰囲気を醸し出していたが、参加者の注目が集まる卒業証書拝領の際には一転。実験用の白衣姿で登壇する者や壇上で「お約束」ギャグを披露する者などが続出した。そんな無邪気な息子たちを三年間あたたかく見守って下さった先生方にはただただ感謝である。

運命は笑ひ待ちをり卒業す 高浜虚子

『新・増殖する俳句歳時記』から。希望に胸ふくらませる卒業生たちに贈るには少々冷笑的に過ぎるだろうか。だが、それもまた現実というものだ。若者たちよ、現実から逃げるな。運命を笑い返してやれ。

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2010.03.12

浅草で幇間芸を楽しむ

勤め先の職場旅行で浅草に行ってきた。5日(金)の夕刻すこし早めに会社を出て翌6日(土)の朝食後には現地解散となんとも慌ただしい旅ではあったが、幇間芸を始め日ごろ馴染みの薄い江戸趣味に触れ楽しく趣き深い一夜を過ごすことができた。

「食べログ」に口コミを投稿したので興味のある方はどうぞ。
   ⇒助六の宿・貞千代

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2010.03.04

しごとしごとごとごととほほ

『新・増殖する俳句歳時記』から。

仕事仕事梅に咲かれてしまひけり 加藤かな文

来年度の予算策定も山場を向かえ日々数字に追われているうちにウメはおろかクロッカスもスイセンもジンチョウゲも咲いてしまった。ブログもすっかりお留守。せっかくfaceさんからトラックバックも頂いたのに……。トホホ

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