« ふらここを揺らして(2) | トップページ | シャボン玉 »

2010.04.03

武蔵野観音めぐり・その2

武蔵野観音めぐり二日目。今日は四番から六番までの三つの札所を巡った。

先ずは保谷の如意輪寺。山門をくぐると正面に弘法大師像があり初老の男性が花を供え手を合わせていた。身なり様子からすると近隣のかたのようだ。本堂を拝し観音堂に向かうと般若心経を唱えている夫婦らしき男女。こちらも巡礼というよりは地域のかたのように見えた。

ひばりが丘で義父と落ち合い東久留米の多聞寺へ。散歩にうってつけの春らしい陽気だったので誘ってみたのだ。寺を包むように咲いている満開のサクラの下を山門に向かう。境内の枝垂れザクラも見事だ。その奥には大きな聖観音像がある。障がい児を連れた母親がサクラに目もくれず一心に手を合わせている。子の行く末を案ずる母の想いが静かに伝わってくる。

最後は清瀬の全龍寺。本堂を拝し納経所に向かうと玄関から女の子が三人とびだしてきた。寺の子であろうか。盆でも正月でも彼岸でもない、この時期に寺を巡っていると普段着の寺の姿に出くわすことがある。少々興ざめに思われることもあるが、いっぽう如意輪寺や多聞寺で見かけたように、地域の日常に溶け込んだ寺の様子に心が動かされることもある。

近代化の更に向こうを、どこへとも知れず、ただひたすら突き進んでゆく今日の社会。それでも寺はやはり存在し続けてゆく、寺の「居場所」はある、と思う。いや、なくしてはならないと思うのだ。人を想い、手を合わせる人がいる限り。

|

« ふらここを揺らして(2) | トップページ | シャボン玉 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30439/48126465

この記事へのトラックバック一覧です: 武蔵野観音めぐり・その2:

« ふらここを揺らして(2) | トップページ | シャボン玉 »