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2010.05.27

井上雄彦『バガボンド』33巻を読む

井上雄彦『バガボンド』33巻(モーニングKC、講談社、2010)を読む。吉岡一門との決闘で肉体と精神とに痛手を追った武蔵は32巻に描かれた伊藤一刀斎との戦いを契機に斬りあうことの意味を見つめ直し精神的外傷からの回復への道を歩み始めた。その心の行く先には小次郎がいる。戯れに無音の世界に身を置いたとき武蔵はそのことをはっきりと知る。結末に向けて一気にギアを上げた感のある一冊だ。

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2010.05.24

志らく・談笑二人会を観る

昨日は久しぶりにナマで落語を聴いた。「立川流 志らく・談笑二人会」(さいたま市民会館おおみや)である。

先ずは前座、立川らく兵が志らくの弟子らしくオーソドックスに「子ほめ」を演じ客席を暖める。続く立川談笑は「蝦蟇の油」を熱演。聴き所の売り口上はスペイン語でやってのけた。「血止めはないか」という本来のサゲを早めに繰り出し、一体どう落とすのだろうと思っていると最後は「糸と針はないか」まで暴走する。大ネタは志らく師におまかせして自分は中ネタを二席と談笑は続いて「片棒・改」を演じた。こちらも古典を換骨奪胎、エロありグロありナンセンスあり、シニカルでスラップスティックな談笑ワールドを展開した。

トリはもちろん立川志らく。古典の名作「子別れ」を中から下まで演じた。志らくも噺に独自の演出を加えるが、談笑が自分の世界へと過激に引きこんでゆくのと対照的に、志らくは元の話の良さを活かし膨らませてゆく。随所に伏線を張り巡らした立体的な構成に落語へのオマージュを散りばめ、謂わば古典落語ワールドといった世界を作り上げてしまう。こうした演出の妙を支える語り口と演技の確かさも正に一級品。「さすが」としか言いようがない。

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2010.05.22

武蔵野観音めぐり・その7

武蔵野観音めぐり7日目。今日は飯能駅南口からスタート。飯能は天覧山や宮澤湖、飯能河原など家族で楽しむことのできる場所が多く、息子が中学生になるまではボクらもよく遊びにきたものだ。しかし、これらの遊び場に行くには北口のほうが便利なため今まで南口には下りたことがなかった。

さて最初に向かったのは23番札所・浄心寺。ショッピングモールのサビア飯能を過ぎ飯能大橋を渡ると右手に小高く森が見える。矢颪毘沙門天の呼び名で親しまれている浄心寺だ。山門をくぐると瑠璃堂で薬師如来の虎年開帳を行なっていたが、まずは本堂に向かい、続いて観音堂、毘沙門堂を参拝する。いずれも良く古色が保たれており背後の森の新緑に映えて美しい。いつまでもボーっとしていたくなるような落ち着いた場所だ。

御朱印を頂き瑠璃堂を参拝して24番札所・観音寺に向かう。車が多い飯能大橋を避け矢久橋を渡る。幾羽ものツバメが入間川の川面をかすめるように飛んでいる。野鳥に詳しいわけではないが鳥の姿を追い囀りを聞くのが好きだ。殊にツバメはスーイ、スーイと実に気持ち良さそうに飛び羨ましくさえ思う。川のほとりから大通りに出ると飯能ツーディマーチと記されたゼッケンのようなものを身につけたハイカーの集団に出くわす。厭な予感がしたが、案の定、信号待ちで歩道にあふれ行く手を遮られる。自分もそうなのだろうが人は群れると周囲への配慮を見失うものだ。

観音寺に到着。ここは昨年の秋、天覧山を歩いた時にも参詣した寺だ。飯能河原を望む境内には石碑や石仏が多い。なかでも白象の背に座す普賢菩薩や孔雀に乗った孔雀明王の石仏は他では余り見かけないものだ。それ以外にも弘法大師像の周囲を回るように作られたお砂踏みや、鐘のない鐘撞き堂に据えられた謎の大きな白象、また本堂にも天井から2体の白馬像が吊り下げられており、何となく不思議の国めいた感じがする。昨秋お参りした時も同じような印象を持ったが、更に今回は、古びた子育て地蔵の端正な、美少年風の顔だちに驚かされ、ますますワンダーランドの感を強くした。

駅前の繁華街に戻り祥龍房で昼食。以前から気になっていた刀削麺なるものを初めて食べた。腹ごしらえの済んだところで早速3つ目の寺、25番札所・圓泉寺を目指しバスターミナルに向かう。時刻表を見ると圓泉寺のある上平松へ行く狭山市駅行きのバスは本数が非常に少なく40分待ちだ。帰りのバスのことが心配になり案内所に電話して聞いてみたところ圓泉寺には10分も滞在できないことが分かった。今度のバスで上平松へ行った場合、その15分後のバスに乗って帰ってこないと次のバスまでは1時間も待たないとならないのだ。

駅ビルのユニクロや登山用品店などをひやかしているうちにバスの時間が迫る。急いでターミナルに戻りバスに乗り込む。10分ほどで上平松に到着。足早に圓泉寺へ向かう。山門をくぐり先ずは本堂を参拝。観音堂に足を向けかけたとき住職さんが本堂から声をかけてくれた。朱印帳を先に預かるとおっしゃる。一瞬なんのことやら分からなかったが、帰りのバスまで時間がないことを察してくれたのだ。お蔭で心を落ち着けて観音さまに手を合わせることができた。本堂に戻ると住職さんはすぐに朱印帳を渡して下さり「ご苦労さま」と声を掛けてくれた。時間がないと気ぜわしい心持ちで山門をくぐった自分がなんとも恥ずかしく思われた。

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2010.05.18

『大法輪』5月号を読む

雑誌『大法輪』5月号読了。

大欠伸垂れ来し蜘蛛の戻りけり

朝倉一善「心と身体に効く寺社(41)―高幡不動尊(東京都日野市)の紫陽花句会」より高幡不動こと高幡山金剛寺貫主・川澄祐勝師の句。頭上の枝から垂れてきた蜘蛛が欠伸に驚き退散する、それだけと言えばそれだけの句かもしれないが良句佳句はたいていそういうものだ。

ところで、この句を芥川『蜘蛛の糸』と比べてみたくなったりするのはボクだけだろうか。もちろん仏に遣える「御前さま」と地獄に堕ちたカンダタとは比べるべくもない。しかし慈愛のこもった無関心と浅ましいほどの執着とが鮮やかな対照をなしていてついつい比べてみたくなってしまうのだ。

遠足やまた同じ子が叱られて 竹澤聡

読者投稿欄「俳句」(小川晴子・選)より。叱られてばかりの子が却って思い出に残ったりするところが人の世の面白いところでもあり残酷なところでもある。とどのつまりは身の丈にあった生き方こそが幸せということか。それにしても親や先生に叱られていた頃が今となっては懐かしく感じられるものだ。

ところで5月号の特集は「葬儀・先祖供養の《誤解》を解く」。葬式、回忌、彼岸、お盆、等々、日本人にとって親しみ深い数々の行事にまつわる誤解と真相を解き明かす。また、それらの行事の起源と歴史や最近の動向、課題なども取り上げられている。その他には関口真流「仏教とボーイスカウト」、井本勝幸「四方僧伽の活動(下)」といった仏教の精神にのっとった教育、ボランティア活動を紹介したに記事に興味をひかれた。

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2010.05.15

武蔵野観音めぐり・その6

武蔵野観音めぐり6日目。今日は狭山市駅を起点に一気に7ヶ寺をまわった。

先ずは16番札所・慈眼寺。山門をはじめ伽藍の一部が改修工事中だったが本堂に上がることができ御本尊の聖観音像を内拝させて頂いた。隣室の床の間には円空仏を思わせる素朴な木彫像が飾ってあり、間近で繁々と見ていたところ、御住職であろうか、きちんと僧衣を身につけた僧侶が「ゆっくりしていって下さい」と声を掛けて下さった。

続いて17番札所・徳林寺。実は慈眼寺もそうだったが回忌法要と思われる法事が行なわれていた。邪魔にならないよう静かに本堂を拝し少し離れたところにある観音堂へ向かった。札所本尊の聖観音像を納めた観音堂は小高い丘に上に築かれている。その背後には像高8メートルに及ぶという白衣観音坐像がそびえる。本堂に戻り納経所に向かう。見るからに穏やかな雰囲気の坊守さんが愛猫とともに対応してくれる。朱印と散華に添えて、さり気なくオリジナルの栞を手渡してくれた。

狭山市駅に戻りぎょうざの満州で昼食。バスで入間市駅方面に向かう。入間黒須団地で下車し入間川の支流・霞川を渡って18番札所・蓮華院を参詣。宅地化が進むこの辺りも国道16号から少し離れれば、まだまだ畑や雑木林が残っていて、それなりに長閑な雰囲気を楽しむことができる。再び霞川を渡り住宅街を抜けて入間市駅に到着。今度はJR青梅線・河辺駅行きのバスで桂橋停留所に向かう。

バスを降りると程なく19番札所・東光寺に到着。境内にはガイド本にも紹介されているタラヨウの木がある。落ち葉を拾い爪で字を書くと黒く文字が浮かび上がる。ジッパの通称の通り葉に字が書ける珍しい木なのだ。茶畑の間を更に5分ほど歩くと20番札所・龍圓寺。爽やかな茶の香りが漂う境内には巨大な石碑が建っている。日本一大きな道標としてギネスブックにも掲載されているという北狭山茶場之碑だ。

納経所で対応して下さった御住職に仏子駅までの道を教わった。そこから電車に乗って帰るつもりだったが21番札所・高正寺まで足を伸ばしても大差ないと御聞きしたので行ってみることにした。この辺りは以前いとこ達と歩いたことがあると妻。霞川のほとりから茶畑を縫って桜山展望台に上ったそうだ。丘の上に城のような建物が見える。教員向けの研修施設だったらしい。

高正寺に到着。実は東光寺もそうだったが高正寺の納経所は無人販売所方式だ。箱の中に用意された朱印書を一枚いただき納経料と白紙の用紙を納める。少々味気ない気もするが寺にも寺の事情というものがあり仕方がないのだろう。もっとも、だからこそ一層、親しく対応して下さった慈眼寺や龍圓寺のご住職、徳林寺の坊守さんの姿が有難く心に残る。

仏子駅に着いたのは3時過ぎだっただろうか。このまま帰るつもりでいたのだが、すぐに入線してきた下り列車に思わず乗り込んでしまった。梅雨入り前に少しでも多く回っておきたい、ふとそんな気がして22番札所・圓照寺のある元加治駅に向かったのだ。圓照寺は弘法大師の開創とされる古刹。芸術家や各界著名人が奉納した600枚以上に及ぶ絵馬で知られる。また6基の板碑を収蔵しており中には国の重要文化財に指定されているものもある。

板碑といえば徳蔵寺板碑保存館を訪ねたのがついひと月まえ。久米川の合戦で討死した斎藤盛貞の菩提を弔う板碑が納められていた。いっぽう圓照寺には同じ戦いで亡くなった加治左衛門家貞の板碑が収蔵されている。斎藤氏は新田軍、加治氏は幕府軍の武将だ。両雄の血塗られた因縁が我が身に不吉をもたらしはしないか……などと柄にもなく怪談めいた思いに浸りつつ家路についた。

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