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2010.05.15

武蔵野観音めぐり・その6

武蔵野観音めぐり6日目。今日は狭山市駅を起点に一気に7ヶ寺をまわった。

先ずは16番札所・慈眼寺。山門をはじめ伽藍の一部が改修工事中だったが本堂に上がることができ御本尊の聖観音像を内拝させて頂いた。隣室の床の間には円空仏を思わせる素朴な木彫像が飾ってあり、間近で繁々と見ていたところ、御住職であろうか、きちんと僧衣を身につけた僧侶が「ゆっくりしていって下さい」と声を掛けて下さった。

続いて17番札所・徳林寺。実は慈眼寺もそうだったが回忌法要と思われる法事が行なわれていた。邪魔にならないよう静かに本堂を拝し少し離れたところにある観音堂へ向かった。札所本尊の聖観音像を納めた観音堂は小高い丘に上に築かれている。その背後には像高8メートルに及ぶという白衣観音坐像がそびえる。本堂に戻り納経所に向かう。見るからに穏やかな雰囲気の坊守さんが愛猫とともに対応してくれる。朱印と散華に添えて、さり気なくオリジナルの栞を手渡してくれた。

狭山市駅に戻りぎょうざの満州で昼食。バスで入間市駅方面に向かう。入間黒須団地で下車し入間川の支流・霞川を渡って18番札所・蓮華院を参詣。宅地化が進むこの辺りも国道16号から少し離れれば、まだまだ畑や雑木林が残っていて、それなりに長閑な雰囲気を楽しむことができる。再び霞川を渡り住宅街を抜けて入間市駅に到着。今度はJR青梅線・河辺駅行きのバスで桂橋停留所に向かう。

バスを降りると程なく19番札所・東光寺に到着。境内にはガイド本にも紹介されているタラヨウの木がある。落ち葉を拾い爪で字を書くと黒く文字が浮かび上がる。ジッパの通称の通り葉に字が書ける珍しい木なのだ。茶畑の間を更に5分ほど歩くと20番札所・龍圓寺。爽やかな茶の香りが漂う境内には巨大な石碑が建っている。日本一大きな道標としてギネスブックにも掲載されているという北狭山茶場之碑だ。

納経所で対応して下さった御住職に仏子駅までの道を教わった。そこから電車に乗って帰るつもりだったが21番札所・高正寺まで足を伸ばしても大差ないと御聞きしたので行ってみることにした。この辺りは以前いとこ達と歩いたことがあると妻。霞川のほとりから茶畑を縫って桜山展望台に上ったそうだ。丘の上に城のような建物が見える。教員向けの研修施設だったらしい。

高正寺に到着。実は東光寺もそうだったが高正寺の納経所は無人販売所方式だ。箱の中に用意された朱印書を一枚いただき納経料と白紙の用紙を納める。少々味気ない気もするが寺にも寺の事情というものがあり仕方がないのだろう。もっとも、だからこそ一層、親しく対応して下さった慈眼寺や龍圓寺のご住職、徳林寺の坊守さんの姿が有難く心に残る。

仏子駅に着いたのは3時過ぎだっただろうか。このまま帰るつもりでいたのだが、すぐに入線してきた下り列車に思わず乗り込んでしまった。梅雨入り前に少しでも多く回っておきたい、ふとそんな気がして22番札所・圓照寺のある元加治駅に向かったのだ。圓照寺は弘法大師の開創とされる古刹。芸術家や各界著名人が奉納した600枚以上に及ぶ絵馬で知られる。また6基の板碑を収蔵しており中には国の重要文化財に指定されているものもある。

板碑といえば徳蔵寺板碑保存館を訪ねたのがついひと月まえ。久米川の合戦で討死した斎藤盛貞の菩提を弔う板碑が納められていた。いっぽう圓照寺には同じ戦いで亡くなった加治左衛門家貞の板碑が収蔵されている。斎藤氏は新田軍、加治氏は幕府軍の武将だ。両雄の血塗られた因縁が我が身に不吉をもたらしはしないか……などと柄にもなく怪談めいた思いに浸りつつ家路についた。

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