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2010.05.18

『大法輪』5月号を読む

雑誌『大法輪』5月号読了。

大欠伸垂れ来し蜘蛛の戻りけり

朝倉一善「心と身体に効く寺社(41)―高幡不動尊(東京都日野市)の紫陽花句会」より高幡不動こと高幡山金剛寺貫主・川澄祐勝師の句。頭上の枝から垂れてきた蜘蛛が欠伸に驚き退散する、それだけと言えばそれだけの句かもしれないが良句佳句はたいていそういうものだ。

ところで、この句を芥川『蜘蛛の糸』と比べてみたくなったりするのはボクだけだろうか。もちろん仏に遣える「御前さま」と地獄に堕ちたカンダタとは比べるべくもない。しかし慈愛のこもった無関心と浅ましいほどの執着とが鮮やかな対照をなしていてついつい比べてみたくなってしまうのだ。

遠足やまた同じ子が叱られて 竹澤聡

読者投稿欄「俳句」(小川晴子・選)より。叱られてばかりの子が却って思い出に残ったりするところが人の世の面白いところでもあり残酷なところでもある。とどのつまりは身の丈にあった生き方こそが幸せということか。それにしても親や先生に叱られていた頃が今となっては懐かしく感じられるものだ。

ところで5月号の特集は「葬儀・先祖供養の《誤解》を解く」。葬式、回忌、彼岸、お盆、等々、日本人にとって親しみ深い数々の行事にまつわる誤解と真相を解き明かす。また、それらの行事の起源と歴史や最近の動向、課題なども取り上げられている。その他には関口真流「仏教とボーイスカウト」、井本勝幸「四方僧伽の活動(下)」といった仏教の精神にのっとった教育、ボランティア活動を紹介したに記事に興味をひかれた。

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