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2010.06.26

武蔵野観音めぐり・その9

観音めぐりを始めてから早いもので3ヶ月が経ち、いよいよ5ヶ寺を残すばかりとなった。軽登山を要する最後の2ヶ寺は秋を待つとしても、その他は真夏の炎暑を迎える前に参詣しておきたい。そう思ってはいたもののエアコンの掃除など夏支度に時間を取られ、とうとう6月も最後の日曜を迎えてしまった。

さて2週間ぶりの旅のスタートは西武秩父線・武蔵横手駅。敷地内にヤギを飼っていることで知られる駅だ。2頭のヤギの旺盛な食欲のおかげで草刈りの手間とコストが省けるそうだ。改札を抜け、前回も歩いた国道299号線を秩父方面に向かうと、ほどなく雨が降り始めた。天気予報では曇ところにより一時雨とのことだったが、奥武蔵方面がちょうどその「ところ」に当たってしまったようだ。

15分ほどで最初の目的地、第29番札所・長念寺に到着。山門をくぐると参道の両脇が色とりどりのアジサイで埋め尽くされている。その美しさから「奥武蔵の紫陽花寺」とも称されているそうだ。参道は観音堂に突き当たるが先に本堂を拝し観音堂に戻った。アジサイのみならず植栽はどれも手入れが行き届いており、樹々のひとつひとつに花の写真入りの説明札が下げられている。

続いて鐘楼に向かう。当寺の梵鐘はハレー彗星が地球に大接近した1986年に奉納されたものだ。それを記念して鐘の上部には彗星を象った文様が入っている。合掌一礼。思い切り力を込めて鐘を突く。想像していたよりも遥かに大きな音だ。文字通り余韻に浸りながら納経所へ。坊守さんの応対も丁重で寺全体が丹念に運営されている印象を持った。

再び国道に戻り西に向かう。相変わらず車の行き来が激しい。騒音と排ガスを避けて高麗川沿いの小道に出てみるが結局もとの国道に戻ってしまう。そうこうするうちに東吾野駅が見えてくる。駅を越え高麗川の支流・虎秀川に沿って坂道を登る。夏にはホタルも見られる清流だそうだが、今日はあいにくの雨に水が濁ってしまっている。

この坂は初心者や家族連れでも歩けるハイキングコースの入り口にあたる。ボクらも昨秋、ここから山村集落のユガテに向かい、エビガ坂を超えて鎌北湖、更に北向き地蔵と五常の滝を巡って武蔵横手に戻るコースを歩いた。息子が小学生だった頃には三人でよく奥武蔵の低山を歩いたものだ。息子の成長につれて、いつしかハイキングシューズに足を入れることすらなくなっていたが、昨年から今度は妻と二人で歩くようになった。

人と自然とが寄り添って生きている、そんな感じのする村里の景色を楽しみながら歩いているうちに第30番札所・福徳寺に到着。境内に入いるとすぐ左手に素朴ながら姿かたちの整った阿弥陀堂がある。中に納められた阿弥陀三尊像も県指定重要文化財だが、このお堂自体が国の重要文化財に指定されている。突当りまで進み本堂に手を合わせ少し戻って阿弥陀堂を拝す。長く無住のこの寺には納経所はない。国道に戻り更に15分ほど西へ。同じ臨済宗の興徳寺で御朱印を頂いた。

次なる目標は第31番札所・法光寺ガイド本によれば吾野駅のすぐ近くのようだが、この雨の中、しかも大型車の行き交う国道を更に一駅も歩く気にはならず東吾野に戻ることにした。途中、かたくりの郷・平栗園にて昼食。ここは飯能市の観光農園で高麗川に面したバーベキュー場もあるが、さすがに雨天決行を決め込んだ猛者は二組しかいない。ボクらは三組目になることなく食堂で大人しくウドン、ソバと磯辺焼き餅を頂いた。附けあわせの葉唐辛子の佃煮を平らげると小皿の底に懐かしい絵が現れた。むかし家で使っていたのと同じ皿だったのだ。結婚したばかりの頃に確か航空公園のフリーマーケットで買ったものだが20余年の月日が流れ一枚残らず消え失せてしまった。

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東吾野から吾野までは一駅、わずか10分足らず。改札を抜け左手を見ると法光寺の屋根が見える。急な坂を下り山門をくぐる。雨にもかかわらず植木の手入れの真っ最中だ。近頃あまり目にしない大きなカタツムリが刈り込みの終わった椿の葉の上に待機している。本堂、観音堂の順に参拝、再び本堂に戻り御朱印を頂く。坊守さんだろうか、応対して下さった年配の女性に奥の院の岩殿観音窟について聞いてみる。

ガイド本によると当寺の裏山の奥には鍾乳洞があり観音さまが祀られているそうだ。1キロほど山道を登ることになるが途中には宝生の滝や弘法の爪書き不動と称される磨崖仏もあって霊場らしい神秘的な趣きに富んでいるという。とは言え、この雨の中、傘をさして登ることが可能なのか、少々心もとない気がして様子を聞いてみたのだ。「ここのところ草刈りをさぼっているから少し歩きにくいかもしれないけど、お若いんだし大丈夫よ」との答え。更にこう言って笑う。「私みたいな、おばあちゃんだって、毎日、朝晩、通ってるんだから」

婦人の言葉に背中を押され観音窟を目指すことにする。踏切りを渡り、見慣れた「武蔵野三十三観音総開帳」の幟に沿って坂道を登る。小さな案内板が指し示す細道に入る。斜度はさほどでもないが濡れた泥道は歩きずらい。周りの草丈も次第に高くなり薮こぎというほどではないにしろ足元を隠し衣服を濡らす。妻も少々疲れた様子だ。引き返そうか、そう思い始めた途端に雨足が少し強くなってきた。「大丈夫? なんなら戻ってもいいよ。」

「そんなに心配だったら待ってるから一人で行ってくれば。」妻の答えは思いがけないものだった。少しいらだっているようにも聞こえた。弱いもの扱いされたと感じたのだろうか。「分かった。一緒に行こう。」

次第に激しさを増す雨と歩きにくい山道に悪戦苦闘させられたものの程なく宝生の滝に到着。特に増水の気配は感じられないが急ぐにこしたことはなさそうだ。爪書き不動に手を合わせ足早に観音窟へ向かう。少し急な坂を登ると突然視界が開け数メートル四方の平らな原が目に入る。その奥の岩壁にへばりつくように建てられた赤いお堂。法光寺・奥の院、岩殿観音窟懺悔堂だ。人一人がようやく通れる狭い戸口をくぐると自動的に照明が点灯し岩窟の全容が見て取れる。

石龕に納められた十一面観音に妻と二人ならんで手を合わせる。自分たちは正に霊場にいるのだという実感がわいてくる。やはり多少の無理は押してでも登る甲斐があった。ボクらは丹念に観音さまを拝し、惜しみながら雨の山道を下った。言葉少なに、しかし何か温かく満ち足りた想いを抱いて。

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