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2010.10.16

武蔵野観音めぐり・その10

猛暑の夏が過ぎ、ようやくハイキングの季節が到来。そろそろ武蔵野観音霊場めぐりも結願を果たすべき時節である。ところが妙に妻が弱気なのだ。小学校の遠足でよほど苦しい思いをしたらしく、「子の権現(天龍寺)は登れないかもしれない、ましてそこから竹寺なんてとても無理」などと言うのだ。そんな妻を勇気づけようと、これまで家族で登ってきた山々を振り返ってみた。200メートル級の天覧山や多峯主山、物見山から始まって、300メートル級の日和田山、600メートル級の日向山、高尾山、そして900メートル級の伊豆が岳まで。その甲斐あってか、取りあえず子の権現までは行ってみようと話がまとまった。余力があれば足を延ばせばいいし、そうでなくても竹寺はまた後日とするだけのことだ。

気の変らぬうちに荷物をまとめ早めに就寝。一夜あけて今朝は空も晴れ渡りボクらは颯爽と山に向かった。西吾野駅から子の権現までは順調そのもの。もちろん登山道はそれなりにキツいが、それもまたハイクの楽しみだ。予定通り1時間半ほどで子の権現に到着。山門をくぐると有名な赤い仁王像が険しい顔でボクらを睨みつける。想像していたよりも遥かに大きくボクは思わずたじろいでしまう。道心の定まらぬ者は一歩たりとも立ち入らせない、そんなふうに言われたような心持ちだ。

そこをなんとかお通し下さい――仁王さまに手を合わせ参道の坂を登る。庫裡の前で右に曲がってもうひと登り。ようやく本堂に到着だ。ご本尊は平安時代の聖者・子の聖を神として祀った子の大権現。札所本尊の十一面観音も本堂に納められており、明治以前には一般的だった神仏習合を保っている。いつものように金剛合掌、十句観音経を黙誦。そして世界一と言われる大草鞋(鉄製)とご対面だ。古来、足腰守護に霊験あらたかと崇拝されてきた当寺には大草鞋ばかりか鉄下駄やハイヒールまで巨大な履物が奉納されている。

子どもの頃に見た草鞋よりずっと小さい、と妻が言う。恐らく当時は大きく見えただけで大きさが変わった訳ではあるまい。どうも大人になると、なんでも小さく見えて、「sense of wonder」が失われてゆくらしい。ご朱印を頂き参道を戻ると、そんな大人の心をも動かすスギの巨木が見えてくる。樹齢800年と言われる二本杉だ。そのうち1本は枯死し枝葉を失っているが目通り(周径)5メートルに及ぶ樹幹は保たれている。もう1本は目通り8メートル、樹勢も盛んで計り知れないパワーを感じる。

道を挟んだ向かいの坂を上ると子の山山頂。東屋もあったが岩に腰掛け早めの昼食、所沢のコンビニで買った握り飯を頬張った。大日如来の石仏に手を合わせ竹寺に向けて出発。竹寺方面と記された標識を頼りに坂の下の車道をくだる。急な九十九折りを抜けると傾斜も緩くなり次第に景色を楽しむ余裕も生まれる。後になって思えば、それも油断の一因であったかもしれない。いつまで経っても舗装路が続き登山道に出ないことを訝しく思い地図を確認した時には既に1キロ近くルートをそれていた。

このまま下山して竹寺は後日あらためて出直すか、それとも子の権現に戻り所定のルート(関東ふれあいの道)で竹寺を目指すか、少し迷ったが取りあえず並沢まで戻ってみることにした。駅で貰ったハイキングマップによれば豆口峠で所定ルートに合流する山道があり大幅に時間短縮できそうなのだ。もっとも家から持ってきた『山と高原地図 奥武蔵・秩父』(昭文社)には載っていない道で本当に歩けるのか確信が持てない。そこで入り口の様子を見て判断することにしたのだ。

並沢に到着。わき道から少し坂を上ると山道の入り口を示す小さな標識が足元に傾いて立っている。不安もあったが取り敢えず進んでみる。道は荒廃気味だがハイキングシューズなら問題なさそうだ。行けるかもしれない。しかし、そう思ったのも束の間。伐採直後なのか、切り倒された幼木や粗朶が道を塞ぐようになり、いちいち跨がないと前に進めない。ついに歩幅を越えるような大きな水たまりに遭遇。その先もかなりの悪路が続いている様子だ。大げさなとは思いつつも「遭難」の二文字が頭から振り払えず、傷の浅いうちに引き返すことにした。

再び並沢。あの急坂を登るのかと思うと少々腰が引けてしまうが、まだ日没までには十分余裕がある。ここは一気呵成に竹寺を目指したい。心が決まれば後は黙々と歩くばかりだ。先ずは二本杉、そして子の権現まで戻る。境内を通り抜け庫裡の脇から「関東ふれあいの道」へ進む。ほのぼのした名からは想像できないが、木の根の階段の上り下りを繰り返す山道だ。いつまで、こんな坂が続くのだろう、少し嫌気がさしてきた頃、豆口峠に到着。先ほど断念した並沢からの登山道と合流。思えば随分まわり道をしたものだが、そんな過ぎたことを思ったところで仕方がない。

子の権現から一時間ほど歩いただろうか。ようやく竹寺に到着。当寺は本格的な神仏習合の遺構としては東日本随一とされ、本殿(本堂)には牛頭天王を祀る一方、本地仏の薬師如来も奉安されている。柏手を打つものやら打たぬものやら要領を得ぬまま参拝、観音堂へ向かった。少し歩くと茅の輪を備えた大鳥居に遭遇。順番が後先になってしまったが健康と安寧を願って茅の輪をくぐる。本殿には再拝せず、そのまま鳥居をくぐり戻って観音堂へ。札所本尊の聖観音に手を合わせ無事に結願を得た。納経所で御朱印と手彫りのフクロウのお守りを頂く。結願の感慨は大げさな感動というわけではなく何かほんのりと爽やかな心持ちが胸のあたりに湧いてきた。

さて結願は果たしたものの旅は未だ終わらない。ふもとの小殿バス停に向かう登山道は約600mを一気に下る急坂だ。木の根の階段が続き足場も余り良くない。手を携え、一歩、一歩、無理せず、慎重に、ゆっくりと降りてゆく。なるほど後半生の生き方とはこういうものなのかもしれない。観音さまの教えとして胸に深く納めておこう。そして最後の一歩。登山口に辿り着くとクマに注意との立て札があった。振り返ってみると大きなニホンザルがこちらを窺っている。カメラを出そうとリュックに手をかけたとき妻がその手を握って走り出す。「上、上!」と言葉にならぬ声。頭上の電線にもう一匹のサルがこちらを狙っている様子。あとは夢中でバス停まで走った。

半年に及んだ巡拝の旅のフィナーレは、観音さまの教えもなんのその、ドタバタ劇と相成った。これもボクらにはお似合いの幕切れなのかもしれない。そう。これからもドタバタしながら生きていっていいんだ。きっと観音さまはそんな二人を見守っていてくれるのだから。そんなことを思いながら飯能に向かうバスにボクらは並んで座を占めた。

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