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2011.02.05

上野に訪ねる仏教伝来の道

久しぶりに上野を訪ねる。お目当ては東京国立博物館の特別展『仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護』だ。平山氏の文化財保護活動と創作活動を一体のものとして紹介するユニークな企画である。シルクロード周辺を中心としたアジア各地の仏教美術、文化財と共に「アンコールワットの月」や「敦煌三危」、「敦煌鳴沙」などの平山作品を堪能することができた。中でも玄奘の求道の旅の足跡をたどった「大唐西域壁画」には大いに感動させられた。

仏典を求めて中国からインドに向かった玄奘。逆にインドから中国へ禅をもたらした達磨。日本にも五度の失敗の末、鑑真が視力と引き換えに戒律を伝えて下さった。アジアの民はなぜ釈迦に端を発した仏教をその隅々にまで伝えていったのだろうか。仏塔、伽藍を建立し、仏像を荘厳し、経論を学び、時には命をも賭して。その理由はボクには分からない。ただ平山もそうした人々の一人であったということに胸を打たれるばかりだ。

さて遥かインドから伝来した仏教は上野の森にも根を下ろした。徳川家光により創建された東叡山寛永寺である。将軍家の菩提寺として権勢を誇ったが戊辰戦争の戦場となり伽藍の大部分を焼失。ほどなく明治の世に移り公園として整備されることになった。当時の名残を今に伝える清水観音堂を参拝。また話には聞いていたものの未だ一度も御目にかかったことのなかった上野大仏にも手を合わせた。

上野大仏は江戸時代の末に鋳造された釈迦如来像で関東大震災により頭部を大破。修復されぬまま戦時の金属供出により頭部、胴部を失い、今は顔面だけが残されている。レリーフとして石碑に埋め込まれた大仏の顔は、どことなくユーモラスな面持ちで悲しい来歴を感じさせない。それどころか「もう落ちることがない」からと隠れた合格祈願の名所となっているそうだ。石碑の隣には薬師如来を本尊とする仏塔がそびえ「大唐西域壁画」の長安大雁塔が思い起こされた。

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