« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011.06.26

映画『最高の人生の見つけ方』を観る

昨日はもう一本、映画を観た。ロブ・ライナー監督の『最高の人生の見つけ方』だ。池袋で『奇跡』を観た帰り途、ふらりと立ち寄ったGEOでDVDを借りた。

ライナー監督と言うと1986年に公開された『スタンド・バイ・ミー』を思い出す。人生のとば口に立ったばかりの少年たちの冒険行を描いた作品だ。『最高の人生の見つけ方』も男たちの奇妙な冒険を描くが、『スタンド・バイ・ミー』とは逆に主人公は余命6ヵ月、人生の締めくくりに直面している。悔いを残さぬためには棺桶に入るまでに何をしたらよいのか。男たちが出した答えは映画を見て確認いただきたいがボクには何だか身につまされるものであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.06.25

映画『奇跡』を観る

シネ・リーブル池袋にて映画『奇跡』を観る。是枝裕和監督の作品はケーブルTV(日本映画専門チャンネル)で『誰も知らない』を観て以来、実に6年ぶり。その時も子役を使うのが上手いという印象を持ったが、本作も前田航基・旺志郎兄弟(まえだまえだ)や内田伽羅を始めとする子役たちのナチュラルな演技が魅力の一つとなっている。もっとも彼らが描き出す子どもたちの世界は複雑な大人たちの事情も反映し屈託に満ちたものだ。それでも希望を失わず、いや自ら希望を掻きたてるようにして「奇跡」へと疾走してゆくところが爽やかな印象を残すのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.06.16

ゴーヤ伸び伸び

親はなくとも子は育つ――いや植物の場合は「親がない方が子は育つ」と言うべきか。

今年こそ緑のカーテンをと連休中に植えたゴーヤが草丈1メートルほどに伸びてきた。人から聞いた話では、その頃が親ヅルの摘心の時期だそうだ。そこで先週末、2節ほど親ヅルを切ってみたのだが、今朝、数日ぶりに庭を見て驚いた。確かに子ヅルが急激に伸びているではないか。当たり前と言われれば当たり前のことなのだろうが……。

親がないほうが子は育つ――実は人間もそうなのかもしれない。そんなことを思いながら、夜更かしな息子の顔を今朝も目にしないまま、そそくさと朝食を済ませて職場に向かった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.06.13

副島隆彦『道具としての英語・しくみ編』を読む

副島隆彦『道具としての英語・しくみ編』(JICC出版局、1984)を読む。ビジネスを始め、政治、経済、学術、文化、芸術、等々、さまざまな分野で英語は益々そのプレゼンスを強めている。そんな中、非ネイティヴを含めた世界共通語としての英語・グロービッシュといった考え方も台頭してきた。改めて読んでみると「道具としての英語」は、そんな流れの先駆をなしていたように思える。少なくとも教養としての英語や入試のためだけの篩の目としての英語は鳴りを潜めつつあるのではないか。

ところで別冊宝島シリーズは明日、発売される『0歳からはじめる教育の本―最新脳科学でわかった3歳までの脳づくり』で通算1799号となるそうだ。創刊から30年以上たっているそうだがユニークな視点で旬の話題を追う姿勢は変わっていないようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.06.12

『死ぬときに後悔しないお金・暮らし事典』を読む

日経BPムック『相続・年金・介護・葬儀 死ぬときに後悔しないお金・暮らし事典』(日経BP社、2011)を読む。率直に言えば、読後、先ず思ったのは「読まなきゃよかった」ということだ。これから10年、20年、30年のうちには、否応なく迎えるであろう、親、兄弟、妻、そして自分の、老、病、死――、心の準備も含め、いかに自分は何も用意できていないか、つくづく思い知らされ憂鬱な気分にさせられた。しかし読んでおいてよかったと思える日が確実に来るような予感もある。ボクにとっては、そんな一冊であった。ふぅ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »