「グラウンド・ゼロ」にたちすくむ
4月6日。辺見庸と坂本龍一の対談『反定義』(朝日文庫)読了。アメリカはグローバリズムの名の下で世界を資源国、労働国、生産国、消費国へと分断、階層化し、そうした体制を暴力によって支配、維持しようとしているのではないか、と語った坂本の言葉が頭から離れない。そうしたグローバリズムに対して、辺見と坂本は、表現活動を通じて、それも反戦や反アメリカといった単純なメッセージを語るのではなく、政治的、国家的なものに回収されることのない、人間の複雑さの地平にまで届くに想像力、神話的な創造力に触れることによって対抗してゆくと語る。しかし、果たして、それは本当に有効な手段なのだろうか。もし有効だとしても、芸術を生業とするわけではない我々一般市民は、どのように生き、どのようにグローバリズムに抗していったらよいのか。
この二人といっしょに、私たちも、勇気をもって、思想と言説の「グラウンド・ゼロ」にたちすくんでみなければならない。
中沢新一による解説の最後の一行だ。辺見と坂本は一見、声高に語っているようだが、実は我々と同様にたちすくんでいる。彼らは、そこから一歩踏み出すために、人間という原点、個という原点へと立ち帰ろうとしているのだろう。もはや何ものにも倚りかかることのできない時代の立脚点として……。
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