2007.12.25

「ブログでつくる詩人名鑑」再開!

11月29日、約2年半ぶりに「ブログでつくる詩人名鑑」を再開。この1ヶ月ほどの間に井川博年さん四元康祐さん清岡卓行さんの三氏を追加。また「言葉の泉」というブログに四元さんの詩集『妻の右舷』(集英社)について、ろこさんが記事を書いていらっしゃったので協力をお願いしたところ、早速、トラックバックを頂いた。

名鑑の再開については以前から考えていたところだが、始めるとそれなりに手間もかかるため、ずるずると一日伸ばしてにしてきた。しかし雑誌『詩学』が廃刊されると聞き、背中を押される思いがして、ようやく再開に踏み切った。このままでは詩はウェブの上だけのものになりはしまいか、もしそうなったら明治以来の近現代詩の名作の数々が顧みられることもなくなってしまうのではないか、そんな危機感のようなものを感じたのだ。中学生の頃に詩を読み始めてから早いもので30数余年がたってしまった。これまで親しんできた詩の世界に少しでも恩返しができれば、そんなふうに思っている。

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2007.12.04

『志ん朝の落語(5)』を読む

11月30日。『志ん朝の落語(5)―浮きつ沈みつ』(京須偕充・編、ちくま文庫)を読む。「火焔太鼓」や「へっつい幽霊」、「船徳」など、銭金や商売に関わる噺12作が収録されている。なかでもボクのお気に入りは「黄金餅」と「芝浜」。「黄金餅」は欲の皮の突っ張った男たちの姿を描き黒い笑いが堪能できる。「芝浜」は酒で身を持ち崩した男が妻のおかげで再起する人情話で、落ちが単に落ちであるだけでなく、男の心境を如実に表していてシミジミと良い。

「芝浜」はフジテレビのポッドキャスト『お台場寄席』で、志ん朝の師であり父である志ん生が演じたものを聴くことができる。また同じポッドキャストで配信されている立川談笑による改作「シャブ浜」も一聴の価値ありだ。

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2006.03.01

五月のように

2月28日。iPodにダウンロードしたPodcast「STORYTELLER BOOK ポッドキャスティング」で、竹内浩三の「五月のように」を聴いた。

歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ
理屈を云う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ

20歳の誕生日に友達と自分のために書いた詩だという。素朴な幼さの残る作品だが、幼さのままにのびのびと読者に届く力がある。心尽(佐々木健)の穏やかな温かみのある声で聴くとなおさらしみじみと心に響く。
青空のように
五月のように
みんなが
みんなで
愉快に生きよう

鬱屈した気分を抱えて夜の街をさまよっていたボクだが、腹の底から何か暖かいもの、優しく強く生を肯定するものが湧き上がってくるのを感じた。

竹内はこの作品を書いた3年後、フィリピンの山中に戦死した。五月の空を夢みながら、この世界を去っていったのだろうか……。

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2006.02.07

ポッドキャストにはまりそー

2月5日。iTunesにポッドキャストを2件追加。ひとつは心尽こと佐々木健さんによる小説の朗読「STORYTELLER BOOK」。芥川龍之介の短編や宮沢賢治の童話を楽しませてもらっている。もう一つはVOAの「Special English」。初学者用に平易な文章をゆっくり読んでくれるので、ナチュラル・スピードではきっちりとはついていけないボクにはちょうど良い。

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2006.01.31

iPod生活10日目

1月30日。iPodが届いてから10日がたった。いまのところ中身は英会話教材が1つとポッドキャストが3つ。それから音楽ファイルが1つ。そう、見ての通り、音楽を聴くために買ったのではなく、仕事上の必要に迫られて英語を勉強するために購入したのだ。

英会話教材はソースネクストの「MP3英会話ビジネス編」。何が良いのか分からなかったので、取りあえず手ごろなものをAMAZONで取り寄せてみた。1週間ほど聴いてみたがボクの場合はなかなか即効があったようだ。

ポッドキャストは「EnglishVitamin Podder」「podcasting954」「@ニフ亭」の3つ。「EnglishVitamin Podder」は上記の教材を作成した会社が運営するものだが実は未聴。「podcasting954」はボクの大好きなTBSラジオが主催するもの。普段は聴くことができない昼間の番組「ストリーム」の人気コーナー「コラムの花道」が聴けるのが嬉しい。最後の「@ニフ亭」は若手が演ずる古典落語を@ニフティが配信しているもの。このポッドキャストのおかげで英語勉強用のiPodが落語観賞用になりつつある。まずい……。

唯一の音楽ファイルがなにかというと母校(高校)の校歌である。たまたま見つけた母校の合唱部のサイトで入手した。この曲を聴くとあの頃の熱い想いが蘇ってくるようで朝の元気づけにはもってこいだ。

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2005.12.14

××亭日乗

12月13日。『摘録 断腸亭日乗〈上〉』読了。久しぶりの再読。日記には、個人の暮らしと、その背景にある歴史との交錯が見え隠れし、独特の魅力がある。まして永井荷風のような達意の書き手によるものとなると格別である。

12月14日。たまたま友人から「不眠亭日乗」というブログを紹介されたこともあり、ふと当方と同様に「××亭日乗」と名乗るブログを集めてみたくなりGoogleで検索。なんと約113,000件もヒットしてしまいあっけなく断念。世に永井荷風のフォロアーは、数多、存在することを思い知らされた。

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2005.01.27

ようやく20人になりました

ご愛顧頂いております『ブログでつくる詩人名鑑』の収録詩人数がようやく20名に到達しました。10月29日の開設以来、約3ヶ月、われながらよく続いたものです。先日は嬉しい初リクエストを頂き、これまで殆ど接することのなかった安東次男の作品を読み直す機会を得ました。やっぱり続ける価値があるな、とつくづく思いましたね(きたのつづみさん、有難うございました)。そんなこんなで『ブログでつくる詩人名鑑』はまだまだ続きます。これからも、ご支援ご愛顧のほど、トラックバック&コメントを宜しくお願い致します。

■ これまでに収録した詩人たち(掲載順) ■

草野心平
黒田三郎
池井昌樹
飯島耕一
穂村弘
村野四郎
西脇順三郎
寺山修司
平田俊子
岩田宏
中桐雅夫
天野茂典
茨木のり子
谷川俊太郎
伊藤比呂美
堀川正美
高橋睦郎
安東次男
川崎洋
山崎るり子

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2005.01.09

初リクエストは安東次男

『ブログでつくる詩人名鑑』に初リクエストを頂いた。

はじめまして。きたのつづみと申します。突然ですが、ぜひ、安東次男氏をのせていただけるとうれしいです。よろしくお願いします。(最近、はまりました)(「初めまして。リクエスト、よろしいでしょうか?」より)

きたのつづみさんといえば、以前、このブログで作品「夜」を紹介させて頂いたことがある。

きたのつづみ「夜」
こちらは逆に静かにしみじみと良いです.
すーっと力が抜けてゆく感じ.(「現代詩フォーラムより」から)

早速、『現代詩フォーラム』きたのさんのページを見てみると今も精力的に創作活動を続けられている。また先月からブログ『ゆらら~言葉の居場所』も始められたそうだ。

で、安東次男、だぞ。正直言って余り読んだことのない詩人だ。ボクが知っているのは「六月のみどりの夜は」くらい。

今日また
一人の同士が殺された、
蔽うものもない死者には
六月の夜の
みどりの被布をかぶせよう、

「(一九四九・五・三〇事件の記念に)」との添え書きがある。公安条例反対デモの参加者が警官隊との衝突で死んだ事件のことだ。しかし、この詩には政治的プロパガンダの色合いは一切ない。むしろ重く気だるいメランコリーと読み手の神経にじかに触れてくるような生々しく繊細な感覚が、若い頃の萩原朔太郎を思わせ、印象的だ。

安東次男、これを機に少し意識して読んでみようかと思う。

追伸 きたのさん、リクエスト有難うございました。安東次男、掲載しました。これからも『ブログでつくる詩人名鑑』をご愛顧下さい。

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2005.01.05

2004年を振りかえる―ボクの五大ニュース

3回にわたってボクの2004年を振りかえってきた。今日はその締めくくり。今年の五大ニュースを発生順に追ってみる。

新春、勤め先の合併が決まる

新年早々驚いた。勤務先が同業他社と合併することになったのだ。経営企画部時代にシミュレーションをやったことがあるので、そういう意味ではいつ起こってもおかしくなかったのだろうが、まさか、ほんとにやるとは思っていなかった。さらに驚いたことに、合併相手には某有名詩人が勤めている、のが判った。お会いする機会ができたらサインをもらっちゃうもんねぇ。

春、息子が中学生になる

息子が無事に小学校を卒業し中学生に。予想はしていたけど、すっかりナマイキになっちまった。部活(バスケ)と音楽(パソコンでDJの真似ごと)が忙しくて休みもちっともつきあってくれない。背もボクより10センチも高いもんだから叱りつけても迫力のないこと。ま、頼もしくなったとも言えなくもないが……。

夏、ブログを始める

kigaruのサービス停止を機に『矮猫亭日乗』をココログに移転した。ブログを始めてみて感じたのは、トラックバックやコメントの機能には、インターネット上でのコミュニケーションを一層発展させる大きな潜在力があるということ。その力で何かできないかな、と試してみた企画が「9.11,そのとき私たちは」シリーズである。昨年の9月11日から12日にかけて実施したものだが、11月にはsouさん(「9.11のこと」)、12月には聆曜亭さん(「私の2001年9月11日」)がトラックバックして下さった。この経験から確かな手応えを感じたボクは『ブログでつくる詩人名鑑』を開設した。詩に興味がおありのかたは是非こちらにもご参加頂きたい。

夏から秋、スポーツに感動する

日本勢の活躍目覚しかったオリンピックはもちろんのこと、ル・マン24時間では荒聖治の活躍もあってチーム郷が優勝、ひいきの西武ライオンズはプレーオフから這い上がって日本一に、JGTCはこれまたごひいきザナヴィの本山がV2。で、矢も楯もたまらなくなったボクは秋から走り始めた。今年は12月の所沢市民マラソンでハーフを走るつもり。小学校時代、体育がいつも2だったボクとしては大変な野望なのだ。

秋から冬、ダイエットに挑む

走り始めたのは実はダイエットのためでもある。勤め先の健保組合が実施している壮年者健診で脂肪肝を指摘されたボクは一念発起。食事を減らし、平日はウォーキング、週末はランニング、さらに節酒まで。で、ざっと4~5キロの減量に成功したのだが……、この年末年始で2キロも戻ってしまった。さぁ、今日から、また気を引き締めなければ。

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2004.12.25

冬の散歩道

お馴染みfaceさんからこんなコメントが届いた。

こんばんは。
冬の
航空公園も
散歩するにはいいですか?。
タコ上げるとか。

はて? と思いfaceさんのブログ『な~んちゃって通信』を訪ねてみると、なるほど「冬の散歩道」が迎えてくれた。

昔、サイモンとガーファンクルの歌にこんなんがあったような気がする。

ありましたねぇ。1968年発売の『ブックエンド』に収録されていました。このアルバムは他にも「アメリカ」や「ミセス・ロビンソン」など良い曲が多かったな。もっともLPはあらかた処分してしまって、今ではS&GもCD2枚、『グレーテスト・ヒッツ』『卒業』しか手元に残っていない。「冬の散歩道」は若い人にとっては、TVドラマ『人間・失格』でかかっていた曲、なんだろうな。それも、もう10年も前のこと。

faceさんの写真は石神井公園だろうか。学生時代、つき合っていた女性がひばりが丘に住んでいたので、石神井公園も所沢の航空公園もよく二人で歩いたものです。ボクはあんまりお金を持っていなかったし、人ごみが好きじゃなかったからね。卒業後、その人と結婚して、ひばりが丘に住み、子供が生まれ、所沢に越して……、本当に時がたつのは早いものです。

その間にかつてのデートコースは子供を遊ばせる場所に変わりました。はじめはベビーカーに乗っていた子供がヨチヨチ歩くようになったかと思うと、あっという間に自転車、インラインスケート、スケボー……、今では、もう、ちっとも遊んでくれなくなってしまった。仕方がないから最近は再びツレアイと二人で歩いています。一人で走ることも始めました。

航空公園は広々しているから散歩にも良いけどピクニックや体を動かすのにも向いている。ちょっと遠出して稲荷山公園もそんな感じだが、こちらはどことなくバタくさいところがある。他にも大泉交通公園(保谷)や牧野記念庭園(大泉学園)、八国山緑地(東村山)、竹林公園(東久留米)、小金井公園(花小金井)等々、西武線沿線にはお気に入りの公園がたくさんあって、冬に限らず散歩道にはこと欠かない。

それでも時として吉祥寺の井の頭公園に足を伸ばしたくなることがある。ここに吹きだまる風には自由と、そして伊勢屋の焼き鳥の匂いがするから。

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2004.12.23

なぎらさんのこと

faceさんの描いた、なぎら健壱の絵を見ていたら(「すっぱいのですかんぽ」)、もう10年ほど前のことであろうか、なぎらさんに会った日のことを思い出した。

当時、幼稚園児だった息子はミニ四駆に夢中で、土曜の朝は必ずミニ四駆をテーマにしたTV番組を見ていた。一人ぼっちでは心細かったのか、そんな時はいつも僕が叩き起こされた(文字通り叩くんだなぁ)。番組が終ると息子は他にやりたいことがあるので僕は解放される。そのままぼんやりTVを見ていたら、サイクルスポーツと競輪の番組が始まった。そのメインパーソナリティを務めていたのがなぎらさんだった。もともと自転車好きだった僕は毎週この番組を見るようになった。

そんなある日のこと、家族で旅行に出かけた新幹線の中で、なぎらさんに出会ったのだ。僕の斜め前の席に座っていた女性が座席を回して対面にしようとしたがなかなか回らない。見かねた僕も加勢したのだが、不慣れで一向に役に立たない。こまったなぁ、と思っていたら、自分の二列前の席から自転車雑誌片手になぎらさんが登場。こともなげに、ささっと座席を回すと、そのまま自分の席に戻って行ったのだ。その時、なぎらさんは、とても物静かで座席を回すときも殆ど無言だった。その様子に、僕は、この人はすごく照れ屋なんだな、と感じた。

フォークシンガーにしてコメディアン。なぎらさんの二面性は照れ屋ゆえのことだと思う。1971年、中津川フォークジャンボリーに高校生(だったですよね?)シンガーとして登場した当時のことを知る人は、なぎらさんを天才と誉めそやす。なぎらさんは、そんな自分のかっこいい天才ぶりが照れくさくてしょうがないのではないか。だから、かっこわるいコメディアンを演じてみるのだが、天才・なぎらはこっちでも才能を発揮してしまう。TVでなぎらさんを見るたびに、僕は、眼鏡の奥のあの細っこい目が、まいったなぁ、と照れ笑いしているように見えるのだ。

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2004.12.21

二人は掛け算?

10月に投稿した記事「あなたが空しく生きた今日は」にkohtさんからトラックバックを頂いた。ありがとう。

それに比べて、同じ「いい言葉ねっと」にある、日本ドラマのこりゃ何だ。

まったく、君たち二人は、マイナス思考だなぁ。
でも、マイナスとマイナスを掛ければ、プラスになるんだったね。*2
「ラストクリスマス」

このごろのテレビドラマの最大の不幸は、優れた脚本家がいないことだと思う。いわば歌舞伎のようなものだ。みんな役者を見に来る。筋書きなどどうでもいいのだ。

  ……中略……

*2:一応最後まで冷たぁ~く突っ込んでおく。マイナスとマイナスを足せばマイナスではないのか。二人の人間を並べたとき、一方が他方の「乗数」になることなどあろうか?

「いい言葉」より(『聆曜亭の日常-Pensee dans le”Ryoyotey”』所収)

ドラマ『ラストクリスマス』は観ていなかったので何とも言いようがないが、この脚注がステキ! 「乗数」になるような事態、いわゆる相乗効果をまるっきり否定するつもりもないのだが、少なくともマイナス思考の二人には単純な足し算でさえ難しいかもしれない。

ところで、この記事を読んで同業他社との合併を決めたある会社の社長の発言を思い出した。

合併が1+1の足し算ではなく、1×1の掛け算になるよう、事業統合に励みます。

といった内容のものだ。聞いていた人は、みな、「あ~あ、やっちゃった」といった様子。社長さん本人も後から気づいたようで赤くなっていた。その様子がなんともキュートであった。

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2004.10.16

さらば「矮猫亭」

このサイトの母屋にあたる「矮猫亭」を閉鎖することになった.Gaiax社の無料サービスを利用して運営してきたものだが,同社より10月いっぱいでサービスを打ちきるとの連絡が入ったのだ.類似の新サービスへの移行も可能だったが,そこにはバックナンバを残すにとどめ,これを機に当サイトへ一本化することを選んだ.

「矮猫亭」は1999年7月21日の開設以来のべ5510人(10月15日現在)にご来亭頂いた.詩や俳句を含め,その時その時の様々な想い,考えを5年にわたってつづってきたサイトだ.当然,愛着もある.このサイトで出会った仲間も少なくない.高校時代の友人との再会をもたらしてくれたこともあった.だが…….

さらば「矮猫亭」.そしてご来亭頂いた皆さまに感謝.今度はここで会いましょう.新しい日々の,新しい想いと考え,そして新しい出会いの場所で

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「矮猫亭」の読み方

読み方といっても解釈とか理解とか小難しい話ではなく,もしもフリガナを振るならという話.「矮」は音読みしかないので普通ならそれを重ねて「わいびょう」と読むところだろう.私はあえて重箱読みに「わいねこ」と読んでいる.

「私は」と書いたのは実はどちらでも良いと思っているからだ.もっと言えば他の読み方を発明してくれても構わない.例えば「ちびねこ」.これなら拍手喝采.実は「矮猫」の起源は「ちびねこ」だったのだ.それはニフティサーブ(パソコン通信!)の頃の私のハンドル名であり,名作『綿の国星』(大島弓子)のヒロインの名だから.

とは言え欧文表題は「Y-NECO」と決めてある.もっとも英語版もフランス語版も公開予定はないのだが…….

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2004.10.01

あなたが空しく生きた今日は

突然だが,なこさんのブログ「なころぐ」にトラーックバーック!である.まぁ,そんなにリキむ必要もないのだろうが,どうも不慣れなせいか,トラックバックはちょっと緊張する.その辺が克服できないとブログはBBSほど普及しないのではないか.ブログ者たちよ,どんどんトラックバックしようや.

さて本題に戻る.@niftyのブログ「ココログ」は,トラックバックの普及を図るためであろう,「トラックバック野郎」なる企画を展開している.要は「トラックバック野郎」さまがお題を示し,これに応えるトラックバックを募集するというものだ.「なころぐ」は「ザ☆座右の銘」というお題で最優秀賞を獲得された.

あなたが空しく生きた今日は、
昨日死んでいった者が、
あれほど生きたいと願った明日。
 -カシコギ(韓国の小説)より

周りの風景が、ちょっと違って見える様になる一言。
     (「あなたが空しく生きた今日は」全文)

「あなたが空しく生きた今日は……」は確かに「いい言葉」だ.端的でわかり易く,人を感動させる力がある.このような素晴らしい言葉にめぐり合わせてくれた,なこさんに感謝である.

ところで,先日,引用した鮎川の詩句はどうか.

たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。
     (「死んだ男」より)

戦死した友人「M」.生きていれば,こんなこともしたかっただろう,あんなこともしたかっただろう.「M」の無念を想うと,その分までしっかりと生きて,成すべきことを成し遂げなければならない.この詩句にはそのような想念が表現されているのだろう.「あなたが空しく生きた今日は……」とちょっと似ている.

しかし似ているのだけれど,ずっと分かり難いし,なんだかゴツゴツしていて,すんなりとは入ってこない.それでも「遺言執行人」と書かずにはいられないのが詩人なのだと思う.そう書かないと彼の思ったことを本当に語ったことにはならない.いや,そう書いて始めて自分が何を経験しつつあるのかが分かる.詩人とは,詩とは,そういうものなのだと思う.

だが勘違いしてはいけない.「あなたが空しく生きた今日は……」という言葉が「遺言執行人が、ぼんやりと……」より詩的でないとか、ましては劣っているということではない.ただ,それは,そのとき鮎川が経験したこととは違う,というだけだ.

敗戦の混乱も未だおさまらない1947年,鮎川は「死んだ男」を発表した.そこに示された死者への想い,そして自分たちは「荒地」に立っているという自覚と,「荒地」を拓いてゆかなければという使命感.これらは広く詩人たちの共感を呼び,「死んだ男」は戦後詩の出発点となった.

いま私たちが立っているのはどのような場所なのか.私たちはどこに向かって出発しようとしているのか.

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