2008.06.12

映画『蝉しぐれ』を観る

5月31日。雨。土曜日に雨が降るのはなんと8週連続とのこと。テレビでも見るかと新聞の番組欄をチェックしてみたらテレビ朝日で映画『蝉しぐれ』(日本、2005)を放映するというので観てみることにした。

『蝉しぐれ』は藤沢周平原作の時代劇で、身分社会ゆえの運命に翻弄される下級武士の息子・文四郎と幼なじみの商家の娘・ふくとの秘めた恋を描いたものだ。二人を演じたのは市川染五郎と木村佳乃。市川は先代である父の松本幸四郎を少し崩したような顔立ちで、軽みが感じられるところに個性があると思う。しかし、この映画では、一部のシーンではそういった面が発露されていたものの、全体としては感情を抑えた渋い演技でなかなか好演であった。木村も和服姿がよく似合っていて、しとやかながら芯の強い女の秘めた恋心を美しく演じていた。

近頃のボクはこうした切なくしんみりした日本映画がに惹かれるところがある。藤沢周平ブームと言われる昨今、そのように思うのはどうやらボクだけではなさそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.07

映画三昧の日

2月14日。シカゴ・オヘア空港を発ち成田に向かう。腕時計を午前1時に合わせ食事を待つ。機内では到着地の時刻に見合った過ごし方をするのがボクの時差対策。もっともおまじないのようなもので効果があるのかどうかは分からない。いずれにせよ、この瞬間、14日が終わり15日が始まった。

今回はわずか5日ばかりの出張だったが妙に気疲れした。仕事そのものは順調に進んだが気候が過酷だった。シカゴの冬は寒いとは聞いていたが、ここ十年来の大寒波に見舞われ現地の人すら辟易するほどだった。そそくさと食事をすませ眠りにつく。秋田の地酒・雪の茅舎のおかげもあってすぐに寝つくことができた。

午前7時。4時間ほど眠ったところで目が覚める。もう一眠りしようかと迷ったが、ここでひと頑張りすれば帰ってから時差ボケに悩まされずに済むかもしれないと、眠気覚ましにコーヒーを貰い映画を観ることにした。それも立て続けに5本……。

『喜劇・駅前弁当』(日・1961)……ご存じモリシゲ(森繁久彌)・バンジュン(伴淳三郎)の名コンビによる駅前シリーズの第3作。その他にもフランキー堺や花菱アチャコ、柳家金語楼、 坂本九といった懐かしい顔の数々が嬉しい。高度成長を迎えたばかりの日本の明るく浮ついた雰囲気を伝える一作だ。

『炎のランナー』(英・1981)……ボクはどうもイギリス映画が苦手らしい。名作の誉れ高い本作だが、初めて観たときと同様、途中で少々飽きてしまった。何かを賭して走るというテーマがどうもボクにはピンとこないようだ。あるいはユダヤ人差別やキリスト教信仰への理解が不足しているのだろうか。いずれにしてもヴァンゲリスによる主題曲と青年たちが海辺を走るシーンの美しさが印象に残るばかりだ。

『象の背中』(日・2007)……う~ん、こちらもちょっと入り込み切れなかったなぁ。というのも男にとって虫のよすぎる話だと思われ興ざめしてしまったのだ。自業自得といわざるを得ない病いにも拘らず家族は献身的に看護してくれる。それでも飽き足らずホスピスに愛人を呼び寄せるが悶着の起こる気配さえない、等々。多少なりとも人生の終幕を意識し始める中年男向けのファンタジーという気がした。

『理由なき反抗』(米・1955)……こちらもご存じジェームス・ディーンの代表作。初主演の『エデンの東』(米・1955)といい本作といい、繊細で跳ねっかえりな青年を演じさせたらジミーの右に出る人はいない。主演映画わずか2本で永遠のアイドルとなっただけのことはある。ジミーの魅力もさることながら本作は映画としてもなかなか好きな作品だ。なんど見ても飽きない一本だ。

『オリヲン座からの招待状』(日・2007)……こちらは古きよき時代の映画、映画館へのオマージュという感じですね。バンツマこと阪東妻三郎の『無法松の一生』の映像が何度も使用されていて、これがまた古い映画が好きなものにとっては何ともたまらない。ストーリーも無法松を髣髴とさせるものだが、そのことを隠すどころかむしろ無法松と二重映しになるように工夫されており面白かった。

新旧、和洋、取り混ぜて一気に5本も映画が見られるとは贅沢なこと限りない。出張の疲れも吹き飛び後は成田への到着を待つばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.24

映画『殯の森』を観る

1月20日。映画『殯の森』を観る。カンヌで審査員特別大賞を受賞したこともあって、ぜひ観てみたいと思っていた作品だ。偶然、NHKのBS2で放映されることを知り録画しておいたものを妻と二人で観た。

オープニングから緑の森の存在感に圧倒される。吸い込まれてゆきそうな深い緑だ。物語はこの森を舞台に展開される。森と茶畑に囲まれたグループホーム・ほととぎすに暮らす認知症の男・しげきと新任の介護福祉士・真千子。二人は共に近親者を失い、その喪失感を抱えながら生きてきた。よく晴れた夏の日のこと、真千子は亡妻の墓参りを望むしげきを墓があるという森に連れてゆく。突然の雷雨もあって二人は森の奥深く迷い込んでゆく。

「殯」とは本葬の前に死者との別れを惜しむ場所であるという。古代日本では貴人が亡くなった際に殯の宮を築き祭祀を執り行う習慣があったそうだ。しげきと真千子の二人は深い森の奥で、改めて死者と向き合い殯の時を過ごしたのだろう。殯は死者を悼むと共に残された者の悲苦を癒し、新たな人生への旅立ちを促すものだろう。監督・河瀬直美が描く森はそうした殯を可能とするような神秘的な力を感じさせるものだった。


| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008.01.10

初映画は『佐賀のがばいばあちゃん』

1月2日。映画『佐賀のがばいばあちゃん』を観る。2ヶ月ほど前に日本テレビで放映された際に録画したものだ。家族で御節をつまみながらのんびりと観てみることにした。

『佐賀のがばいばあちゃん』というと、ちょうど一年ほど前のフジのテレビドラマが印象深い。特に主演の泉ピン子がはまり役だっただけに吉行和子の「ばあちゃん」に興味がそそられた。実際に観てみると吉行のばあちゃんは淡々と飄々としていて内に秘めた強さが底光りしているように感じられた。また、その静かな演技はラストの別れのシーンにおける感情の爆発をより際立たせているようにも思われた。

泉の「ばあちゃん」のあざといまでの迫力と吉行の「ばあちゃん」の全体としては淡白ながらメリハリの利いた演技。どちらに軍配を上げようかと思案したが、そもそも、それぞれの作品のトーンに見合ったもので、比べようとするほうが間違いと結論するほかなさそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.26

映画『手紙』を観る

12月23日。TBSテレビで放映された映画『手紙』を観る。強盗殺人犯の弟としていわれのない差別に苦しむ青年の姿を描き出色の出来であった。敢えて難を言えば主演・山田孝之の演技がやや一本調子であったように感じられた。重く粘っこい演技は内容にそぐうものであり見ごたえがあったが、そのトーンがやや変化に乏しく時として暑苦しく思われることがあった。漫才シーンとのコントラストが見事だっただけにもうひと工夫が欲しかったが、もっとも、そのひと工夫が却って映画を壊してしまう可能性もあり、ないものねだりに過ぎないのかもしれない。いずれにせよ山田の演技が作品全体のトーンを支配していたように思われた。大した役者だ。

ベテラン、若手を問わず、脇役陣も素晴らしかった。強盗殺人を犯した兄を演じた玉山鉄二も被害者の息子を演じた吹越満もセリフは少ないが存在感があった。殊に山田と吹越の二人芝居による被害者と加害者の家族同士の対面シーンは強い印象を残した。また何かと話題の沢尻エリカも演技には確かなものがあると感じられた。世事に疎いボクは沢尻が非難される理由をよく知らないが、もし、この騒動のために映画界から消えてしまうようなことがあるとしたら、それは随分ともったいないことだと思う。



あまりにもスパムなトラックバックが多い為この記事についてはトラックバックを受付けないことに致しました。ご容赦下さい。

普段はトラックバックの少ない当ブログとしてはまったくもって異例のこと。ちょっと名前を挙げただけでこれですから、沢尻エリカ恐るべし、です。はい(汗)。

| | コメント (0)

2007.11.07

映画『ロックンロールミシン』を観る

10月27日。息子がコンサートに出かけてしまい珍しく妻と二人で夕食。映画でも観ながら食べるかとケーブルテレビの番組表をチェックしてみると行定勲の『ロックンロールミシン』を放映するというので観てみることにした。行定と言えば『世界の中心で、愛をさけぶ』が有名だが未見。そもそも行定がメガホンをとった作品は一本も観たことがなかった。

『ロックンロールミシン』は、自分たちのデザイナーズ・ブランドを立ち上げようと奮闘する若者たちのひと夏の経験を描いたもので、青春映画らしく夢と友情と恋、それにほろ苦い想いまでがしっかりと盛り込まれている。奔放のようで影もある女性・めぐみを演じた、りょうがなんとも魅力的だった。若者たちのリーダー格・凌を演じた池内博之の猛々しいほどの存在感もこの映画の中では的を得ていたと思う。映像面もなかなか達者と思ったら、行定は『Love Letter』『スワロウテイル』『四月物語』といった岩井俊二の作品で助監督を務めていたたとのこと。なるほど、である。

それにしても昼は仙涯、夜は『ロックンロールミシン』と取り合わせはともかく芸術の秋を地でいくような一日であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.29

映画『大停電の夜に』を観る

10月7日。映画『大停電の夜に』を観る。妻と二人で過ごす日曜の午後、なんとなく映画が観たくなってケーブルテレビの番組表をチェックしたら、ちょうど始まるところだったので観てみることにした。突然の大停電に見舞われたクリスマス・イブの東京を舞台に、6組の男女の物語が描かれる。それらの物語は次第に絡み合い1つの場所に焦点を結ぶ。そこはキャンドルとジャズ、そして酒が男たち、女たちに休息を提供する場所だ。しかし、それもつかの間のこと。物語は再び動き出す。そして朝の光と共に希望や新たな人生がもたらされる。

80年代のトレンディドラマ風な作りで小洒落た感じだが、もう少しオトナっぽい落ち着きと深みも味わわせてくれた。宇津井健、淡島千景、豊川悦司、田口トモロヲ、原田知世、吉川晃司、寺島しのぶ 、井川遥など、役者もなかなか豪華な顔ぶれである。中でも 田畑智子の演技に感心させられた。8月にNHKスペシャルで放映されたドラマ『鬼太郎が見た玉砕』でもいい味を出しており今後の活躍が期待される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.22

映画も観たいものだ

9月に観た映画は1本だけ。1日にケーブルTVで『華氏911』を観た。先月の21日に『GHOST IN THE SHELL―攻殻機動隊』を観て以来のことだ。『華氏911』は言わずと知れたマイケル・ムーアの超問題作だが、実際に観てみると、あれだけの反響を呼んだのも不思議ではない。並外れた実行力と調査力、またそれを巧みに映像化する戯画化力とでもいうような力に圧倒された。

それにしても本も読みたいし映画も観たいし、今月こそもっと自分の時間をひねり出すよう工夫しなくては……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.09.18

夏休みの終わりに

8月14日、いつも思うことだが、待ちに待った夏休みも始まってしまえばアッという間に過ぎ今日が最終日。せっかくだから映画でも観に行こうかと声をかけると妻は『夕凪の街、桜の国』が観たいと言う。珍しくすんなり話がまとまり親子三人で池袋のシネ・リーブルに向かう。

この映画は「夕凪の街」と「桜の国」の二つの物語からなる。「夕凪の街」は昭和30年代の広島を舞台に被爆者・皆実の死を描いたものだ。一方、「桜の国」では皆実の姪にあたる七波がひょんなことから広島を訪れ被爆という家族の歴史の原点を見つめなおすことになる。この二つの物語が次第に交錯し、やがて一つの物語、戦争と戦後を生きた家族の歴史を描くタペストリーに織りあげられる。ささやかな日常を丁寧に描いており、全体に落ち着いたトーンを持つ作品だが、そのために却って幾世代にもわたる被爆の悲惨が染み入るように伝わってくる。

印象に残った台詞を一つ引用しておきたい。

なあ、うれしい?
十三年も経ったけど、原爆を落とした人は私を見て『やったぁ、また一人殺せた!』って、ちゃんとおもうてくれとる?

死を目前にした皆実の言葉だ。悲しみや怒り、憎しみを自分のうちに抑え、泣き叫びたい気持ちをじっとこらえて、それでも心の隙間から漏れ溢れる切なる想い。ボクには涙を耐えることができなかった。

戦争は畢竟、敵国に勝ち国益を守るために、人の命を奪い暮らしを破壊することなのだろう。原爆を落とした兵士も皆実を殺そうとしたわけではないはずだ。だが、だからこそ許せないのだ。なによりも尊いはずの人の命を道具や手段におとしめてしてしまう、戦争ということが、ボクには許せないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.17

夏の夜は映画を見ながら……

7月に観た映画は2本。もっとも映画館に足を運んだというわけではない。自宅でのんびり食事をしながらである。そんな時にはもちろんビールが欠かせない。

博士の愛した数式(2006・日)……7月20日。久しぶりに早く仕事が終わったので平日には珍しく家族そろって夕飯をとることができた。せっかくだから映画でも観ようかとHDレコーダーを漁ってみたところ、以前、テレビ放映されたものを録画したこの映画がみつかった。さて映画のほうは、寺尾聰に浅丘ルリ子、吉岡秀隆に深津絵里と、ベテラン・中堅の芝居達者を揃えただけあって実によい出来映えであった。夏の夜には暑苦しい大作モノよりこうした静かでしみじみとした作品のほうが心地よいようだ。

マルクス捕物帖(1946・米)……7月30日。つれあいがコンサートに出かけるというので早く帰って息子と食事することにした。お笑い好きの息子ならきっと喜ぶだろうと、道すがらDVDをレンタルして帰り、つれあいが用意しておいてくれたカレーを食べながら二人で観たのがこの映画だ。古い作品ではあるがマルクス兄弟のナンセンスでスラップスティックなギャグの連発は高校生の息子にも大うけ。よほど気に入ったらしく、息子は後日、2回も観かえしたそうだ。こうしたドタバタ喜劇も暑さを笑い飛ばすにはもってこいである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.05.30

『パッチギ!』を観た

映画の話が続く……。

5月19日。テレビで放映された映画『パッチギ !』(2004・日)を観る。フォークブームが巻き起こった60年代後半の京都を舞台に在日コリアと日本人の若者たちの反目と交流、恋と成長を描いた名作。公開当時から関心はあったものの今日まで見損ねていたがもっと早く見ておけばよかった(いつものパターン)。井筒監督の作品を観たのは20年以上前に『二代目はクリスチャン』(1985・日)を観て以来のことだが、これほどの仕事を成し遂げる人になっていたのか、と今さらながら感服。他の作品も見てみたくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.29

久しぶりに映画を観た

意識してそうしていたわけではないのだが、気づいてみれば去年の12月以来、映画を観ていなかった。やはり息子の高校受験もあって、そんな時間もなかなか取れずにいたのだなぁ、と改めて思う。その反動か、4月は珍しく4本も映画を観た。といっても映画館で見たのは1本だけではあるが……。

海猿(2004・日)……テレビで放映されたのを観た。潜水士を目指し厳しい訓練に耐える若者たちの姿を描き好感が持てた。主役の伊藤英明も悪くないし、伊藤淳史は意気地なしを演じさせたら右に出るものがないんじゃないかと思う。それよりなにより教官を演じた藤竜也がとにかくカッコいい!

LIMIT OF LOVE 海猿(2006・日)……こちらもテレビで。厳しい訓練を経て潜水士となった若者たちが大型フェリーの座礁事故をめぐって救難活動に苦闘する。前作のほうがよかったという声が多いようだが、確かに、子どものころ傑作『ポセイドン・アドベンチャー』を観た我々の世代にとっては少々物足りないかも。

頭文字D THE MOVIE(2005・香港)……こちらは有線テレビで放映されたときに録画したもの。あの頭文字Dを実写で映画化したというだけでもトンデモものだが、原作通り群馬が舞台なのに全篇中国語というトンデモ映画の極めつけみたいな作品。とはいえバトルシーンはかなりよくできていたと思うし、原作とは全く異なったキャラクターに仕立てられた樹(いつき)もコミカルでなかなか味があった。

東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン(2007・日)……家族そろって歌舞伎町の新宿ジョイシネマへ行った。映画館で映画を観たのはなんと一昨年の5月以来! なんとも情けないことだ。映画の出来はというと内田也哉子・樹木希林親子の好演が光り文句なしの仕上がり。なのですが、ボクとしてはオダギリジョーがカッコよすぎてしっくりこなかった。大泉洋が主役を務めたテレビドラマのほうがボクの好みにはあっていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.30

見方を変えれば

1月21日。NHK教育テレビ「課外授業ようこそ先輩」を見る。各界の第一人者が母校で授業を行なうというもので、我が家ではこれを見ながら朝食をとるのが日曜の定番である。今日は斬新なブックデザインで知られる祖父江慎が一宮市立北方小学校の生徒と「ちょっと嫌い、ちょっとイヤ」なものと向き合う体験学習を繰り広げた。

まずは生理的にうけつけられない嫌いなもの、イヤなものを挙げる。今度はその嫌いなもの、イヤなものをグループで観察し、どこがどう嫌いなのか、イヤなのかをまとめる。最後に各自、その嫌いなところ、イヤなところを工作で表現する。こんな流れの授業だ。

「嫌い」なこと、「イヤ」なことがあっても、ちょっと見方を変えることで、そうではなくなり、前向きなエネルギーが生まれる――番組の最後に祖父江がそんなようなことを言っていた。見方を変えれば「イヤーン」が「ステキ」になることもあるのだと。

こんな授業、受けてみたかったなぁ、と思うのは、いくつになっても見方を変えることが下手くそな証拠だろうか……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.18

娑婆遊び

1月4日。TVドラマ『佐賀のがばいばあちゃん』(フジ)を見る。先祖代々続いてきたという貧乏暮らしを強く明るく生き抜いてゆく「ばあちゃん」の逞しさ、そんな暮らしのなかでも決して忘れることのない家族への深い愛情、周囲の人々への暖かな思いやり。泉ピン子の好演もあってそういったものがしっかりと伝わってきた。

ところで新年というと思い出す句がある。ことしから丸儲けぞよ娑婆遊び――もう一生分は生きてしまったのだから、これから先はおまけのようなもの、つらいことがあろうと悩みがあろうと命があるだけで丸儲け。還暦を向かえた小林一茶がその心境をユーモアを交えながら詠んだものだ。この句の背景には一茶の深い阿弥陀信仰があるという。阿弥陀さまのお力で浄土に往生することが約束されていることを思えば、苦しみ、悩みに満ちた娑婆での暮らしもつかの間の遊びのようなものだ、ということらしい。

「うちは明るい貧乏だからよか」と言い切る「ばあちゃん」も娑婆遊びにたけた人なのだろう。まったく「がばい」(=すごい)人たちだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.21

ジャガイモ、夕日、そして硫黄島

12月9日。四川風蒸ジャガイモを食べながら映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を観る。先日、日本テレビで放映された折に録画しておいたものだが、なかなか家族そろって観るチャンスがなく今日までほっておいてしまった。なんとも言えない懐かしさを醸し出す映像と人情味にあふれた心温まる物語が家族で食べる暖かい食事とマッチしていて、とても幸福な気分になれた。

9時からはフジテレビのドラマ『硫黄島 戦場の郵便配達』。8月のNHKスペシャル『硫黄島玉砕戦 生還者61年目の証言』では戦場の悲惨な現実を痛感させられたが、このドラマでは、戦火の最中にあっても決して失われることのなかった、家族や恋人、友人など、愛する人々への兵士たちの想いに切なく胸をうたれた。その兵士たちの想いを運びたい一心で本土から危険な戦場に向かうパイロット・根本少尉、不本意な戦いを強いられながらも最後まで兵士たちとともに戦いぬいた市丸少将の姿も感動を誘うものだった。

このドラマを取り上げた読売新聞の「試写室」に「肝心の戦闘シーンは迫力不足だ」と書かれていた。一体、このドラマに記者は何を期待していたのだろう。このドラマの「肝心」は戦場にあっても愛する人々を想い続けた兵士たちの姿ではなかった。戦闘の最中においても、そして捕虜となって生き延びた終戦の後までも、兵士たちの想いを家族に届けることに生涯を捧げた根本少尉の姿であり、玉砕の覚悟を決め、終戦後は平和に貢献せよとルーズベルトに手紙を書き送った市丸少将の姿ではなかったか。迫力満点の戦闘シーンなどというものはハリウッド映画にでもまかせておけばよかろう。もっともボクにしたって老いてなおカッコいい藤竜也にはシビレまくりで人の揚げ足などとれた義理でもないが……。

ふと「平和ぼけ」という言葉が頭に浮かぶ。いやな言葉だ。暖かなマイホーム、快適なオフィス、そのような場所で「硫黄島」を観ることは、結局、迫力満点の戦闘シーンを期待したり、藤竜也にシビレたり、そういうことでしかないのかもしれない。だが、それでもやはり、いや、だからこそ、戦争について知ることは必要なのだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.26

夏休みの思い出から(4)

もう9月も終わろうというのに、いつまでも夏の思い出に耽っているわけにはいかないが、あと2つだけ、のちの記憶のよすがに書いておきたい。

ひとつは8月19日に見た映画『ウォルター少年と、夏の休日』。ケーブルTVで放映された折に妻が録画しておいたものだ。前々日の木曜日から息子が合宿に出かけてしまい、妻と二人、遅めの昼食をとりながら観ることにした。ウォルター少年を演じたオスメントくんは『シックス・センス』以来、我が家の人気者、加えてボクにとってはタフな感じがお気に入りのロバート・デュバルも出る、とあっては見ないわけにはいかない。演技も映像も、物語も演出も、期待にたがわぬボク好みの映画であったが、唯一、タイトルだけは原題『Secondhand Lions』のほうが良いと思う。もっとも、そのままカタカナのタイトルにするよりは『ウォルター少年と、夏の休日』のほうがずっとましだけど。

そして8月20日。いわずと知れた甲子園、早稲田実業と駒大苫小牧との一戦。ここ数年、すっかり野球への興味が薄れ、高校野球はおろかプロ野球さえ余り見なくなっていたのだが、さすがにこのカードには惹かれるものがあった。期待をはるかに上回る熱戦にテレビに釘付け、手に汗を握り最後まで見届けることとなった。夏休みを締めくくるには最高の試合だったが、翌日の再試合を思うと、休みがもう一日あれば、と思わずにはいられなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.20

映画『サマータイムマシン・ブルース』を観る

9月10日。映画『サマータイムマシン・ブルース』を観る。息子が塾に出かけてしまった午後、ケーブルテレビの番組表をチェックしていたところ、夜の8時から日本映画専門チャンネルで放映されると知り、夕食を取りながら家族で見ることにした。

『サマータイムマシン・ブルース』はタイムパラドックスを題材にした青春コメディ。荒唐無稽なドタバタ劇だが、観るものを飽きさせもシラケさせもせずにドタバタへと引き込むところが本広克行監督らしい。青春映画には欠かせない、そこはかとなしに漂う切なさもうまく表現されていると思う。

本広克行監督といえば『踊る大捜査線』シリーズが有名だろうが、ボクにとっては、いや我が家にとっては、なんと言っても『スペーストラベラーズ』である。これまたドタバタ劇だったが、登場人物それぞれのキャラクターの強さが光っていた。そういえば『スペーストラベラーズ』の深津絵里と『サマータイムマシン・ブルース』の上野樹里はちょっと感じが似ているかな。ボクとしてはかなりいい感じだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.04

夏休みの思い出から(3)

8月15日。夏休み第1弾最終日。今年は仕事の都合もあって11日から15日と18日から20日との2回にわけて夏休みをもらった。息子の高校受験を控えて遠出の予定もない身としては手持ち無沙汰にならず却って好都合といったところだ。

行きつけの床屋で散髪。夏らしく思い切り短めに切ってもらった。ブックオフに立ち寄り漫画『バガボンド』の13巻14巻を購入。息子は朝から塾に行ってしまったので、妻と二人、簡単に昼食を済まし、早速、『バガボンド』を読む。13巻、宍戸梅軒こと辻風黄平との死闘は圧巻。14巻はいよいよ小次郎の登場。しばし武蔵の活躍ぶりを読めないのは残念だが、井上雄彦がどのように小次郎の人物像を造形してゆくのか、興味がそそられる。

世間はすっかり夏休みモードだが妻の通う韓国語の授業(目白大学のエクステンション講座)は今日も授業があるという。昼のうちに息子の好物のカレーを煮込み、夕方、妻はいそいそと出かけていった。シャワーを浴びビールを飲みながら息子の帰宅を待つ。

息子と二人で食事をとることはめったにない。どんな話をしようか、テレビはどうしようか、などと思案していると、息子は映画『少林サッカー』のDVDがあるから見よう、と言う。先週の休みにブックオフで安く売っていたのをみつけたらしい。数年前、ツタヤでDVDを借りて家族全員で観た映画だ。自分の小遣いで買うとは安かったからとはいえ、よほど気に入ったのだろう。

妻の煮込んだカレーを味わいながら息子と二人で映画を楽しんでいるうちに夜が更けてゆく。このささやかな幸福感が明日からの仕事の糧になるのか、それとも……。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.08.25

夏休みの思い出から(1)

8月11日。映画『月光の夏』を観る。太平洋戦争の若き特攻隊員を巡る実話をもとに制作されたもので、日本映画専門チャンネルが「太平洋戦争と日本映画」特集の一つとして放映したのだ。この日は待ちに待った夏休みの初日だったが、朝から妻と息子が用事で出かけてしまい、手持ち無沙汰にテレビをつけたところ、偶然、この映画が始まるところだった。

出撃前の最後の思い出にと当時としては珍しいピアノのある小学校まで走ってきた二人の特攻隊員。一人は特攻で命を失い、もう一人は出撃直後に戦闘機の不調に見舞われ帰還したために生き残った。間違った戦争に駆り出され、間違った戦略・戦術のために命を落とした若者を想いボクは泣いた。卑怯者の汚名をなすりつけられ、亡くなった戦友を偲びながら生き抜いてきた人の気持ちを想いボクは泣いた。

映画を観終えるとふと高校生の頃にテレビで観た長編ドラマを思い出した。ある女優のタマゴの死の真相を追った刑事と、特攻を題材にしたブルーフィルムを作り続けてきた元特攻隊員との物語だ。たしか渥美清が刑事役を演じていた。もう一度あのドラマを見ることはできないかとGoogleで検索してみる。1979年にテレビ朝日で放映された『田舎刑事(3)・まぼろしの特攻隊』という作品であったことが分かった。監督は森崎東、脚本は早坂暁。刑事役はやはり渥美清。残念ながらDVDは発売されていないようだ。

そうこうするうちに妻と息子が帰ってきた。『月光の夏』を観た後で二人の笑顔を見ると、普段、なにげなく過ごしている平和な暮らしの有難さがつくづく感じられた。そして、そのような平和な暮らしも、為政者たち、権力者たちの過ちによって呆気なく崩されてしまう脆さをはらんだものだということも……。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.07.06

楽都はふたたび歌う

7月1日。NHK教育テレビの番組『楽都はふたたび歌う』(ETV特集)を見る。ハリケーン「カトリーナ」の猛威にさらされたニューオーリンズ。なかでも未だ復興の進まぬ貧困地区・Lower 9th Wardで、音楽を支えに再起を図るミュージシャンたちの姿に感動を覚えた。「初めの炎」を保ち続けることの力を見せつけられた思いだ。

ニューオーリンズのミュージシャンたちの多くはアフリカ系住民である。彼らは、奴隷としてこの地に渡ってきた祖先の各部族の文化と先住民であるネイティヴアメリカンの文化とをミックスした、独特の文化を築き守り伝えてきた。ニューオーリンズのミュージシャンたちのユニークな音楽性も、こうした文化を背景に発展したものだという。

そうした音楽にひかれてニューオーリンズに移り住んだ日本人ブルースギタリスト・山岸潤史の姿も紹介されていた。音楽少年だった高校時代、ボクは彼のアブレッシブなプレイに感動させられた。山岸もまたニューオーリンズでハリケーンの被害を受けたが、被災の後もこの街で地元のミュージシャンたちと演奏を続けている。ここにも「初めの炎」の力が現れているように思われた。音楽への想いという「初めの炎」の交歓が山岸と地元ミュージシャンたちを固く繋いでいるように思われたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.08

さくら散る頃に

4月12日。映画『座頭市』を観る。以前、日本映画専門チャンネルで放映されたものをHDレコーダに録画しておいたのだ。勝新太郎をおいて他の誰に「市」を演ずることが出来るものかと、たかを括っていたせいで今日まで見損ねていた。が、ふと思い立って観てみると、さすがは北野武、勝の「市」とは違う、独自の「市」像を創り出し演じきっている。褒貶の分かれると聞くタップダンスのシーンも、権力とは無縁な無辜の民衆の逞しさ、力強さを感じさせ、圧巻であった。

4月22日。庭のユキヤナギを掘り起こす。去年の整枝の際に切り詰めすぎたせいか、春になっても新芽が吹かず、しばらく様子を見ていたが、幹も割れ、枯死したものと諦めざるを得なかった。7~8年前、当時の勤め先の近所のビルが取り壊されることになり、カルミアと一緒に貰ってきてから、毎年、春先の庭を白い花と柔らかな樹姿で飾ってくれた。その年月と共にユキヤナギはしっかりと根を張り、スコップと園芸用の小鍬で掘り出すにはえらく力が要った。

堀上げた根塊を見ていると寂しさとは別の感慨が沸いてきた。サルトルの『嘔吐』が思い出されたのだ。マロニエの木の瘤の無意味さに主人公は嘔吐ともに実存を感じ取った、とされるが、ボクはユキヤナギの根塊の無意味さに力を感じた。意味とは近代人が罹患した病、その病に囚われることなく生きてきた植物は生命の本来の逞しさを保っている、そんな風に思われたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.26

2005年を振返る―映画鑑賞篇

1月26日。2005年を振返る。第二弾は映画鑑賞篇である。今年見た映画は17本。だいぶ上半期に偏っていて下半期はわずか4本。しかも劇場での鑑賞は皆無であった。こちらもベスト5を選んでみよう。

1位 フォレスト・ガンプ 一期一会(1994/米)
2位 おばあちゃんの家(2002/韓国)
〃  コーラス(2004/仏)
〃  誰も知らない(2004/日)
5位 地球交響曲第五番(2004/日)

5位は『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985/米)と迷ったのだが忘れられないシーンの多かった『地球交響曲』を採ることにした。

今年もはや約1ヶ月がたったが未だ映画は一本も見ていない。このまま寂しい年にならないと良いが……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.13

映画『草迷宮』再見

12月10日。妻は義母とコンサートに、息子は友達と買い物に出かけ、半日、留守居を決め込む。無聊を慰めようと久しぶりに寺山修司映画『草迷宮』を見た。以前、日本映画専門チャンネルで放映されたものをDVDに録画しておいたのだ。初めて見たときは強烈な衝撃を受けたものだが今回は不発。目が肥えたのか、それとも感受性が鈍くなったのか。う~む……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.16

原点に触れた思いのする週末

11月12日。NHKスペシャル「ユリばあちゃんの岬」を見る。知床の岬に一人、海の恵みを糧に生きるユリばあちゃんの姿に、自然と共に生きる、人の暮らしの原点を見せつけられた思いがした。手に余るほどの科学技術の産物、文明の利器に囲まれながら、いっこうに豊かさを実感することができない、いまの自分の生活はいったいなんなんだろう、と考えさせられる。

11月13日。妻と二人、川越に赴く。江戸の昔、川越では、氷川神社の祭礼の折に朝鮮通信使の姿を模した唐人揃いと呼ばれるパレードが行われたという。日韓国交正常化40周年を記念して、その唐人揃いを復活させた「国際交流・多文化共生パレード」が開催されると聞き、見物に出掛けたのだ。この日のために復元したという通信使の衣装も興味深かったが、その後ろを練り歩く細田学園の農楽団や在日コリアの人々の鉦と太鼓、ドラと笛(チャルメラ?)の響きに圧倒された。電子楽器にはとてもマネのできない生々しい音、音楽の原点を思わせる音だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.05

2005年上半期を振りかえる―映画篇

上期の振返り、今日は映画篇である。この6ヶ月で観た映画は13本。もっとも映画館で観たのは『ハウルの動く城』と『コーラス』だけ。市民ホールで観た『地球交響曲・第5番』を含めてもわずか3本だ。それでもボクにしてみれば悪くないペース。さて例によってベスト3を選んでみよう。

1位 フォレスト・ガンプ 一期一会(1994/米)
2位 おばあちゃんの家(2002/韓国)
〃  コーラス(2004/仏)
〃  誰も知らない(2004/日)

ベスト3と言いながら4本選ばせてもらった。2位の3本は優劣のつけようがなかったのだ。1位の『フォレスト・ガンプ』は公開時に見損ねてから何と10年もたって初めて観た作品だ。特段の理由もなく機会を逸していたものだが、もっと早く観ておけばと思った。幸せとは何か、どういうことなのか、考えさせられる作品だ。2位の3作品も同様である。そんな作品ばかり選んでしまうのは何故なのだろう……。う~む。

| |