2005.11.09

雑録

11月3日。曇り。文化の日がサンドイッチの日でもあることを知る。もっとも所沢界隈の住人にとっては圧倒的に入間航空祭の日である。頭上を横切る機影と爆音に幾度となく思い知らされる。いつものように八国山から多摩湖方面をランニング。来月初の市民マラソンに備え、普段の倍の20キロを走る。

11月4日。晴れ。久しぶりに会社を休む。といっても特段の用があった訳ではなく何となく一息入れたかったのだ。午前中、床屋へ往き、昼食は妻と四川ラーメンの「龍の子」へ。麻辣湯麺すこぶる美味。

11月5日。晴れ。11月とは思えないほどの暑さ。日中は半そでTシャツ一枚で過ごせた。この陽気を利して日がな窓掃除にいそしむ。

11月6日。雨。市民ホールにて息子の通う中学校の合唱祭が開催される。義父母と妻と共に参観。中学生ともなると聴き応えのあるコーラスができるようになるものだと大いに感心した。帰宅後、ウェブサイトでスーパーGT最終戦の結果を確認。優勝はZENTセルモスープラの立川・高木組。シリーズチャンピォンの座もこの二人が獲得した。本山、三連覇ならず。残念。

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2005.07.20

さらにタネあかし、13ページの7行目

われながらよくもまあ飽きないものだ。今日の13ページの7行目はこちら。

ひばりさんは舞台から一人一人の観客に向かって、その顔を見つめるように視線を

瀬戸内寂聴の『あきらめない人生――寂聴茶話』から。このあとは「あてて歌うのです。」と続く。もちろん「ひばりさん」とは美空ひばりのことだ。

もう随分と昔のことだが職場の女の子の結婚式に部の全員でハンドベルを演奏したことがあった。当時、ボクが所属していた部署は10名前後の女性と男3人からなる「女の園」で、女性たちは主役のハンドベルを分担し、男どもはというと、部長が挨拶を、課長が指揮者を、ボクは不慣れなクラシックギターで伴奏を受け持った。

にわか楽団を率いた課長は大学時代にマンドリン部で指揮をした経験のある人で、ゼロからの練習をどうにかこうにか「エーデルワイス」まで導いてくれた。演奏者全員に気を配り、その一人一人に目線と指揮棒だけで語りかけてくる……指揮者というのはそういうものなのか、と思い知らされた。

膨大な数の観客の一人一人を見つめ視線をあてる。そんなことが可能なのかどうか、ボクには分からない。だが豊かな才能を持った人が舞台に立つとき観客はそのような感じを持つものだとはしばしば聞く話だ。美空ひばりならそんなことがあっても不思議はない。少なくともボクにはそう思える。

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2005.06.20

すべて渡の言葉になっていた

シンガー・ソングライターの友部正人が「ジュークボックスに住む詩人」というコラムを『現代詩手帖』に連載している。フォークやロックを中心に様々なミュージシャンと彼らの歌の歌詞を紹介するもので、『手帖』としては少々異色ではあるが、毎号楽しみにしている記事の一つだ。

最新の6月号では4/16に他界した伝説的なフォーク歌手・高田渡が取り上げられていた(「高田渡がやったこと――くつが一足あったなら」)。高田は友部と同年代で若いころから交流があったそうだ。当時の思い出に触れながら、友部は高田の歌について、こんな風に言っている。

高田渡が詩人の詩を歌うとき、詩人の言葉はすでに渡の言葉になっていた。

う~む、さすが。高田の歌の本質、その独自性をズバリと言い当てている。とにかく高田渡が歌うとブルースもシャンソンも現代詩さえ高田渡になってしまう。しかも、その高田渡ぶりが余りにもフォークっぽいのだ。そう思うとますます高田の死が惜しまれてならない。

追伸:faceさん、コメント有難うございました。

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2005.05.18

おとなってなんだろう

先日、ラジオを聞いていたら、音楽評論家の萩原健太がこんなことを言っていた(聞き覚えなので正確ではない)。

少年の心を持ちつづけている、なんてよく雑誌とかでオジサンを誉めるときにいうけど、今の世の中、少年のままでいるなんて簡単。むしろ成熟した大人になることのほうがずっと難しい。

萩原は、新作『Devils & Dust』を発表したブルース・スプリングスティーンに成熟した大人を感じた、というのだ。日曜日、息子をつれてレコード屋へ行き早速試聴してみた。確かにいいアルバムだ。でも買わなかった。買わないほうがカッコいい気がした。

息子には欲しいCDを2枚も買ってやった。14歳の誕生日プレゼント。文字通りの大盤振舞いである。息子のお気に入りはユーロビートにサイバートランス。やれやれだ。

家に帰り14歳の頃によく聞いていたピストルズの『勝手にしやがれ』(原題『Never Mind the Bollocks』)を久しぶりに聞いてみた。やっぱりカッコいい。あの頃、きっとボクのオヤジも、やれやれだ、と思っていたんだろうな。

つまらない大人にはなりたくなかったけれど、つまらなくない大人はおろか、ただの大人になるのさえ難しい。つまらない少年のように不満気につぶやいてみる。43歳。まったくやれやれだ。

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2004.12.25

冬の散歩道

お馴染みfaceさんからこんなコメントが届いた。

こんばんは。
冬の
航空公園も
散歩するにはいいですか?。
タコ上げるとか。

はて? と思いfaceさんのブログ『な~んちゃって通信』を訪ねてみると、なるほど「冬の散歩道」が迎えてくれた。

昔、サイモンとガーファンクルの歌にこんなんがあったような気がする。

ありましたねぇ。1968年発売の『ブックエンド』に収録されていました。このアルバムは他にも「アメリカ」や「ミセス・ロビンソン」など良い曲が多かったな。もっともLPはあらかた処分してしまって、今ではS&GもCD2枚、『グレーテスト・ヒッツ』『卒業』しか手元に残っていない。「冬の散歩道」は若い人にとっては、TVドラマ『人間・失格』でかかっていた曲、なんだろうな。それも、もう10年も前のこと。

faceさんの写真は石神井公園だろうか。学生時代、つき合っていた女性がひばりが丘に住んでいたので、石神井公園も所沢の航空公園もよく二人で歩いたものです。ボクはあんまりお金を持っていなかったし、人ごみが好きじゃなかったからね。卒業後、その人と結婚して、ひばりが丘に住み、子供が生まれ、所沢に越して……、本当に時がたつのは早いものです。

その間にかつてのデートコースは子供を遊ばせる場所に変わりました。はじめはベビーカーに乗っていた子供がヨチヨチ歩くようになったかと思うと、あっという間に自転車、インラインスケート、スケボー……、今では、もう、ちっとも遊んでくれなくなってしまった。仕方がないから最近は再びツレアイと二人で歩いています。一人で走ることも始めました。

航空公園は広々しているから散歩にも良いけどピクニックや体を動かすのにも向いている。ちょっと遠出して稲荷山公園もそんな感じだが、こちらはどことなくバタくさいところがある。他にも大泉交通公園(保谷)や牧野記念庭園(大泉学園)、八国山緑地(東村山)、竹林公園(東久留米)、小金井公園(花小金井)等々、西武線沿線にはお気に入りの公園がたくさんあって、冬に限らず散歩道にはこと欠かない。

それでも時として吉祥寺の井の頭公園に足を伸ばしたくなることがある。ここに吹きだまる風には自由と、そして伊勢屋の焼き鳥の匂いがするから。

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2004.12.23

なぎらさんのこと

faceさんの描いた、なぎら健壱の絵を見ていたら(「すっぱいのですかんぽ」)、もう10年ほど前のことであろうか、なぎらさんに会った日のことを思い出した。

当時、幼稚園児だった息子はミニ四駆に夢中で、土曜の朝は必ずミニ四駆をテーマにしたTV番組を見ていた。一人ぼっちでは心細かったのか、そんな時はいつも僕が叩き起こされた(文字通り叩くんだなぁ)。番組が終ると息子は他にやりたいことがあるので僕は解放される。そのままぼんやりTVを見ていたら、サイクルスポーツと競輪の番組が始まった。そのメインパーソナリティを務めていたのがなぎらさんだった。もともと自転車好きだった僕は毎週この番組を見るようになった。

そんなある日のこと、家族で旅行に出かけた新幹線の中で、なぎらさんに出会ったのだ。僕の斜め前の席に座っていた女性が座席を回して対面にしようとしたがなかなか回らない。見かねた僕も加勢したのだが、不慣れで一向に役に立たない。こまったなぁ、と思っていたら、自分の二列前の席から自転車雑誌片手になぎらさんが登場。こともなげに、ささっと座席を回すと、そのまま自分の席に戻って行ったのだ。その時、なぎらさんは、とても物静かで座席を回すときも殆ど無言だった。その様子に、僕は、この人はすごく照れ屋なんだな、と感じた。

フォークシンガーにしてコメディアン。なぎらさんの二面性は照れ屋ゆえのことだと思う。1971年、中津川フォークジャンボリーに高校生(だったですよね?)シンガーとして登場した当時のことを知る人は、なぎらさんを天才と誉めそやす。なぎらさんは、そんな自分のかっこいい天才ぶりが照れくさくてしょうがないのではないか。だから、かっこわるいコメディアンを演じてみるのだが、天才・なぎらはこっちでも才能を発揮してしまう。TVでなぎらさんを見るたびに、僕は、眼鏡の奥のあの細っこい目が、まいったなぁ、と照れ笑いしているように見えるのだ。

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2004.11.23

「夕暮れ」を歌うのは?

11/12に投稿した黒田三郎×フォーク」にfaceさんからこんなコメントを頂いた。

小室等さんも歌ってましたか。
自分は渡のしか知りませんでした。
ところで渡の
トリビュートでましたね。
これでは大塚まさじがこの歌を歌ってます。
ご存じかもしれませんが。

気になってgoogleしてみたのだが、高田渡の曲に関するデータは山ほどあるのだが、小室等は全くひっかかってこない。こりゃあ、どーも、Scaffaleさんの勘違いではないかという気がしてきた。

ま、それは、ともかく、久しぶりにfaceさんのな~んちゃって通信に立ち寄ってみると、「夕暮れ」が味のある写真とともに全文紹介されていた(もしや高田渡版か?)。なんど読んでもしみじみと良いなぁ。

「夕暮れ」(『な~んちゃって通信』2004.11.21.)
http://face.txt-nifty.com/nanntu/2004/11/post_20.html

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2004.11.12

黒田三郎×フォーク

先日ご紹介した「日本詩人愛唱歌集」黒田三郎を探してみたらざっと15曲ほどのリストがみつかった。もちろん赤い鳥の「紙風船」も載っている。

小室等も「苦業」と「夕暮れ」の2作品に曲をつけているらしい。昔、聴いたことがあるような気もするし、やっぱりないような気もするし……。聴いてはみたいのだがCD-BOXにも収録されていない。どうにも気になって「黒田三郎詩集」(現代詩文庫版)を開いてみる。あった。詩篇の部の最後の作品が「夕暮れ」だったのだ。

夕暮れの町で
僕は見る
自分の場所からはみ出てしまった
多くの人々を

夕暮れのビヤホールで
彼はひとり
一杯のジョッキをまえに
斜めに坐る

「自分の場所」ではないところで過ごした1日。きっと自分らしくない顔で自分らしくないことをしていたのだろう。仕事のために、生活のために。その疲労を一層苦いビールで洗い流し、夕暮れ時のせめて1時間ほどを自分だけで過ごす。なんだか身につまされる詩だ。

ちなみに「小室等BOX」はこちらでも購入できます。安心、便利なアマゾンです。

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