2006.07.04

初めの炎

6月20日。見田宗介の『社会学入門』(岩波新書)を読む。学生時代、文学と社会学とのどちらを専攻するか、あれほど悩んだ末に社会学を選んだボクだったが、いまでは社会学の本を手に取ることも殆どなくなってしまった。それでも見田の本だけは読みたいと思う。そのように思わせる力がある。

人が学問に志す、その志の<初めの炎>を保つこと、自分にとって、時代にとって、人間にとって、あるいは人間を含む一切の存在にとって、本質的な問題を問いつづけるために

見田は自分が社会学を選んだのは<初めの炎>を保ち、本質的な問題、切実な問題を問い続けるためだったという。それは「人間はどう生きたらいいか」、「ほんとうに楽しく充実した生涯をすごすにはどうしたらいいか」、ということだったそうだ。見田はその問いを「単純な問題」としているが、これ以上に切実な、また難しい問題はなかろう。

ところでボクは<初めの炎>を保っているのだろうか。初めに詩を志し、後には社会学を、そして再び、日常生活に沈潜することから詩に回帰したはずのボクは<初めの炎>を保つことが出来ているのだろうか……。

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2006.01.23

2005年を振返る―読書篇

1月23日。早いもので1月も半ばを過ぎた。そろそろ昨年一年を振返っておきたい。まずは読書篇。昨年は一年間に67冊の本を読んだ。その中からベスト5を挙げてみる。

1.野村喜和夫『現代詩作マニュアル』
2.辻井喬『詩が生まれるとき』
3.池田晶子『14歳からの哲学』
4.永井荷風『摘録断腸亭日乗』(上)
5.住本優『最後の夏に見上げた空は』(1~3)

『最後の夏に見上げた空は』の5位は少し甘かったかもしれない。が、なにしろ初めて息子に薦められて読んだ本だ。親バカ、ご容赦願いたい。

ビジネス書が全くランキングに入らなかったので1冊だけ挙げておこう。

『ファシリテーション入門』

この本のおかげで少しは自分の会議の進め方が変わってきたような気がする。

今年はもっと充実した読書ライフを過ごしたいものだ。

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2005.08.20

学びの支援フォーラム

所用で東京国際フォーラムに行ったら「学びの支援フォーラム」というイベントをやっていた。法政大学の鉄棒をするロボット、武蔵工大のフォーミュラカー、などなど、16の大学がそれぞれの研究成果を持ち寄って小中学生の体験学習に供しようというものだ。ボクにとって特に印象深かったのは東京海洋大学。ヤマメにニジマスを産ませる研究を語ってくれた学生さんの熱意あふれる口ぶりに好感が持てた。

このイベントは明日も開催されているそうだ。夏休み中の子供たちはもちろん、好奇心にあふれた大人たちにもお奨めである。

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2005.08.04

2005年上半期を振りかえる―読書篇

今日はもう一発。読書篇である。この上半期は6ヶ月で38冊とボクにしては比較的多くの本を読んだ。しかし、そこには『頭文字D』や『湾岸MIDNIGHT』といったマンガが多数含まれており、まるで中学生か高校生の読書録のようだ。また『知識ゼロからのジョギング&マラソン入門』といった実用書も、若干、含まれている。こちらのほうはは、どちらかというと、中高生とは縁遠いだろうか。

さて38冊の中からベスト3を選んでみよう。

1位 野村喜和夫『現代詩作マニュアル―詩の森に踏みこむために』
2位 辻井喬『詩が生まれるとき―私の現代詩入門』
3位 池田晶子『14歳からの哲学―考えるための教科書』

うむ、なんとなく、文学にかぶれだした中高生の夏休み、っぽいセレクションだ。まぁ、しかたがない。ボクの頭の中は、そこから余り先へは進んでいないようだから……。

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2005.07.15

しつこい!タネ明かし、13ページの7行目

1回飛んだが、しつこくもタネ明かしが続く。今回の13ページの7行目はこちら。

めている。彼は他人との交渉がほとんどなく一人で生きており、その頭脳には何がつまってい

「るのかよくわからない。」と続く。誰あろう、サルトルの『嘔吐』の主人公ロカンタンのことである。もっとも出典は『嘔吐』ではなく海老坂武の『サルトル――「人間」の思想の可能性』(岩波新書)だ。

サルトル。その名に強い憧れを抱いた、ボクらは恐らく最後の世代だと思う。実存主義にも構造主義にさえ乗り遅れたボクらだったが、それでもサルトルは特別だった。そのサルトルの生誕百周年の今年、海老坂が格好の入門書を出版してくれた。それが本書だ。余りにも美しく印象的な一文を「まえがき」から引いておこう。少々長くなるがサルトルは特別なのだから。

サルトルはもういないが、著作は残されている。彼の著作に問いかけてみよう。そこに答えがあるからではない。そうではなく、私たちの問いを問い直させ、問いの幅を広げ、深化させてくれる反響をそこに聴き取ることができるからだ。そして「泥棒と人殺しが権力についている下劣な社会」(『サルトル――自身を語る』)で生きていく勇気を、ときには、与えてくれるからだ。

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2005.06.30

連チャン!タネあかし

今日も13ページの7行目、連チャンである。

かし彼らは結婚

ドナルド・D・パルマーの『サルトル』(ちくま学芸文庫)から、たったの7文字。これじゃ何が何だかだが、サルトルとボーヴォワールは恋には落ちたが結婚はしなかった、という趣旨のものだ。

それにしても、どうしてこんなに一行が短いのか。コミックっぽいイラストをふんだんに使いながら哲学や社会科学などに関する基本知識を解説した「For Begginers」というシリーズの復刻だからだ。ボクが学生だった頃は手近な入門書として人気があり、大学の生協でも『構造と力』などと隣りあわせに平積みされていたものだ。その1冊、しかも『サルトル』が文庫になって帰ってきていたとは……。

懐かしさに思わず買い求め読み進むにつれ、いっぱしの実存主義者を気取っていた十代の頃が蘇ってきた。しかし次第に懐かしさよりも、あの鋭くとがった日々と今のこの日常との差に戸惑いを覚えた。悔恨と焦燥。あれからボクはいったい何をしてきたのか。そして、これからどこへ向かってゆくのか。

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2005.03.27

42歳の目覚めか?

久しぶりに『現代詩フォーラム』に行ってきた。もっとも今回もスレッド型会議室「今読んでいる本の13ページ7行目を書き写すスレ」に書き込みをしただけなのだが……。

さて、今回の投稿はこんな一行だ。

当たり前さ。間違っていると自分でわかっていることを、どうしてわざわざ人に主張したりするも

池田晶子の『14歳からの哲学―考えるための教科書』(トランスビュー)から。この後は「のだろう。」と続く。もともとは息子に買ってやった本なのだが、いっこうに読み始める気配がなかったので先に読むことにした。で、読んでみて思ったのだが、この人はえらく腹のすわった覚悟のできた人のようだ。抹香臭いわけではないのだが、般若心経に通じるものを感じた。

厄年を過ぎても一向に腹のすわらないボクは読みながら何度も何度も唸らされた。うんうん言いながら、ボクの中の奥底で「精神」が目覚めたがっているのを感じた。こんなことは久しくなかったことだ。この著者はすごい人かもしれない。何冊か続けてつきあってみたい。

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