宮本武蔵
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11月27日。2週間ほど前のことであったか、無性に小林秀雄の文章が読みたくなって近所のブックオフで『考えるヒント』を買った。以来、折を見てはひろい読みしているのだが、やはり小林の文章はキレがあって良い。
そんな話を中三の息子にしたら、小林の文章は問題集にでてきたけど堅苦しいばかりで面白くない、との答えが返ってきた。もっと簡単に言えるはずのことをいたずらに難しく書いているだけで単なる受験生の敵だと。おいおい、それはないだろう……。
とはいえ、小林の文章のどこがどう面白いのか、自分にもどうもよく分からないのだ。文章の姿勢のすっと背筋が伸びているような感じ、議論の運びや言葉選びの鋭いキレ味に何ともいえない魅力を感じる。ただただ、そんなふうにしか言いようがない。
それにしても息子と小林秀雄の文章について語るような日が来るとは。時の流れ、子供の成長は早いものだ。
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6月1日。御影瑛路の『僕らはどこにも開かない』を読む。小説を読んだのは昨年の夏に住本優の『最後の夏に見上げた空は』を読んで以来のこと、およそ半年ぶりだ。いずれも電撃文庫、ライトノベルである。実は前回同様、息子に薦められ読んでみたのだ。
『僕らはどこにも開かない』は、複数の登場人物の語りを少しずつ時間をずらしながら重ね合わせて物語を展開してゆくといった、やや手の込んだ手法をとっている。しかし奇を衒った感じはなく自然に読むことが出来る。それはこの手法が物語の主題に相応しいものだったからだと思われる。
高校生6人と教師1人を巻き込んだ殺人事件が解決し(?)、ようやく訪れた穏やかなひととき、主人公は、ふと、こんな風に思う。
僕らはどこにも開かない。
けれど、この程度の疎通は可能なんだ。
それはきっと心地のいいことで、それがあれば幸せになれるのかもしれない。
されど詩は、その先を求めずにはいられない。徹底した個=孤の奥底に通底するものを求めずにはいられないのだ。
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ライトノベルなるものを読んでみた。生まれて初めてのことだ。そもそもボクは小説自体めったに読まない。だが、珍しく息子(中二)から薦められたので、読んでみることにしたのだ。住本優『最後の夏に見上げた空は』である。
ハナから作品そのものに関心があったわけではなく、いま息子がどんな本を読んでいるのか、ひいては息子の成長ぶりにこそ興味があったのだが、読み始めると意外にも作品にひきこまれていった。人の生き死にに関わる重い題材を、住本は素朴ながら真剣な手つきで丁寧に扱っている。いたずらに深刻ぶらない筆致にも好感が持てた。あっという間に1・2巻を読み終え、3巻目の刊行が待ち遠しく思われたほどだ。
あらかじめ悲劇的結末が約束されている、そういうタイプの筋書きであるから、やむを得ないこととも思われるが、3巻はやや感傷的に過ぎるかもしれない。しかし、それもエンターテイメントの一要素として素直に受け入れることのできるものだ。他のライトノベルのことは知らないが、この作品は悪くない。わが息子も少しは成長しているのだな……と最後は例によって親バカで締めくくる次第である。
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なんと三連チャンである。今日の13ページの7行目はこちら。
そのように私は言った後、しばらくしてふと気づきました。その人の名前はもち
佐藤初女『初女お母さんの愛の贈りもの――おむすびに祈りをこめて』(海竜社)から。悩みや苦しみを抱えて生きる人に心のこもった食事と安らぎを提供する「森のイスキア」。これから行くから会ってほしい……今日も突然の電話だ。佐藤はいつものように名前も聞かずに受け入れる。気をつけていらっしゃい、と。
昨日のサルトルの苦味は酒で呑み下すこともできず、佐藤の「森のイスキア」に癒しを求めてしまった。歳をとった分だけ引出しも増えたから、こんなマネもできるようになったのだ。十代のボクなら「自己欺瞞だ」と言っただろうか。言いたければ、なんとでも言え。そんなふうに思えるようになるには、三十年もかかったんだから。
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稲垣足穂の『一千一秒物語』(新潮文庫)を読んでいる.
この本には元祖ショートショート(?)集「一千一秒物語」の他にも:
黄漠奇聞
チョコレット
天体嗜好症
星を売る店
弥勒
彼等
美のはかなさ
A感覚とV感覚
といった短編,エッセイが収録されており,いまちょうど「星を売る店」を読み終えたところだ.
ここまでで感心したのは「黄漠奇聞」である.まず,その冒頭部分,あっという間に物語の世界を構築し読者を誘い込む.
赤い太陽が砂から昇って、砂の中へ赤く沈む。風が砂の小山を造って、またそれを平らかにしてすぎ去る。来る日来る日の風は世界の果てから運んできた多くのことをささやくが、それは人間には判らぬ言葉である。
『一千一秒物語』は作品が発表順に並べられている.「星を売る店」までの前半部分は大正時代,20代前半に書かれた作品だ.足穂はその後アルコール中毒による10余年に及ぶ断筆状態を経験している.「弥勒」以降の4編は戦後,創作を再開した40代から50代に書かれたものだ.独特の感性と才気を誇った足穂がどのように成熟してゆくのか,後半を読み進めるのが楽しみである.
ちなみに『一千一秒物語』はこちらで購入できます.便利で安全,アマゾンです.
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